"delicate blue light -すべては一つの物語"
原作:とむはち 執筆:Arika

第二楽章  事件は血の色朱い色






「あ−、おいしかった」
 そう言ったエルの前には、空っぽの皿が十数枚とグラスが二つ並んでいた。
 エルの小さな身体の、何処にこれだけの量が入るのだろうと篤志と留美は唖然と見ていた。
「はぁ、よくもまあこんなに食べたね〜」
 此処でウエイトレスをしている、クラスメ−トで留美の友達。
 そして……留美に変な入れ知恵をする少女、高瀬観季が感心とも呆れたとも取れる事を言った。
 結局少女は、コンビニ弁当だけではお腹が膨れなかったらしいので、観季が働いてる近くの喫茶店に行くことにした。
 喫茶店に行く道筋で、少女と篤志は自己紹介をした。それによると、少女の名前エクアドル・ストレンジしか分からなかった。
 年齢を聞くと「数えてないから分からない」と言われてしまい、何処から来たのか聞いても「あっち」と空の彼方を指されるだけだ。
 挙げ句の果てには「名前だけ分かってれば十分でしょ!」と怒られてしまった。
 因みに留美は、
「汚された。私女の子に汚されたよ……」と、壊れた様にブツブツ言いつづけていた。
 その所為で喫茶店に着いた時、一騒動起こってしまった。


 カラン、カラン
「いらっしゃ、あ……篤志と留美じゃない、珍しい良く来たわね〜」
 言った後に観季が目敏くエルを見つけ、エルを指差しながら言う。
「篤志、……気持ちは分かるけどその子は犯罪じゃない? 留美で我慢しときなさいよ」
「観季……君は、僕を何だと思ってるの?」
「何って? ロリコン」
 そう言って観季は、あははっと屈託なく笑う。
 それにつられた様にエルも笑う。
「くっ……」
 篤志は何故か、負けた様な気がして落ち込んだ。
「まあ、冗談はさておいて、何か留美の様子が奇怪しいけどどうしたん?」
「ちょっと色々あって……」
 篤志は言葉を濁した。
「ふ〜ん、留美どうしたの? お姉さんに話してみなさい」
 言いながら観季は留美を抱きしめる。
 篤志は嫌な予感がして、此処から離れようと一瞬観季から視線を外す、それが命取りだった。
「ぐっ……」
 いきなり首に圧迫感を感じて振り返ると、目の前に観季の顔があった。
「篤志……あんた、留美に何した?」
 観季が先程とは比べ物にならない程、冷たい声で聞いてくる。
 首に回された腕が喉を圧迫する。密着してる為か、背中に何やら柔かい感触が当たる。
 ――観季は、着痩せするたちなんだなってそうじゃなくて
 自分の思考に突っ込みを入れてから。
「何もしてない。ちょっ、入ってる、入ってる」
「何もしてない? じゃあ何で、留美はああなってるのかな?」
 観季の言葉に留美の方を見ると、留美はまだ壊れたままだ。
「だから色々あって」
「色々ねぇ、是非とも詳しく聞かせてほしいわね」
 口の端を歪めて観季が言った。
 僕はその笑みが、アルカイルスマイルに見えて恐怖した。
 と、そんなドタバタがあって今に至る。


「それで、これからどうするの?」
「「んっ?」」
 一心不乱にケ−キを食べてるエルと、何とか再起動して同じ様にケ−キを食べていた留美が、僕の言葉に手を止めてこちらを向く。
「モグモグ……う〜ん、どうしようかな〜」
 留美は何の事か分からないらしく、しきりに首を傾げてる。
「何処かにアテでも無いの?」
「んっ」
 エルは言いながら僕を指さす。
「僕以外には?」
「居ないよ、ワタシが家出して始めて会ったのつっし−だもん」
「そのつっし−ってひょっとして僕?」
「うん、だって留美っちがし〜ちゃんって呼んでるから、それに合わせてつっし−良いでしょう」
 隣では観季が、つっし−、つっし−、とお腹を抱えて笑っている。
「せめて、篤志で」
「う〜、分かったアツシね」
 エルは残念そうに渋々了承した。
「それで親戚や仲の良い知り合いぐらい居るでしょう?」
 エルは少し考える仕種をして。
「ここ、どこ?」
「どこって、神緒市だけど?」
「そうじゃなくて、国の名前」
「く、国? 日本だけど」
 ――市町村や県ならまだ分かるけど国って?
「日本、日本、日本……」
 篤志の思考など全く気がつかず、エルは何かを思い出すように、日本、日本とお経の如く呟いている。
 やがて、
「思い出した! 東の果て、日入ずる国、黄金の国、ジパング!」
 エルが大声で言うので、店の中の人が怪訝な顔で篤志たちを見る。
「思い出したとこで悪いんだけど、心当たりの人居る?」
「うん!」
 エルが、全ての人を魅了する様な笑顔で応える。その笑顔を見て、大丈夫だなと安心した篤志は、次の言葉に言葉を失った。
「居ない」
「………………」
「? どうしたのアツシ」
「……心当たり、全く無いの?」
「うん、それに居たとしても直ぐに捕まって、結婚させられるのがオチだもん」
「はぁ、しょうがない。だったら家にくる?」
「えっ? 良いの?」
 篤志が頷く。
「行く当てがないのに放り出すのも目覚め悪いし、袖振り合うのも他生の縁って言うだろ?」
「やったぁ! アツシ大好き」
 エルが両手を上にして喜ぶ。
「だ、だめぇ!」
 突然の大声に声のした方を見ると、留美が赤い顔をしてこちらを見ていた。
「どうした留美?」
「どうしたのルミっち?」
「と、泊まるなら、し〜ちゃんの家じゃなくて家に――」
「留美、ごめんだけどその意見は却下」
「どうして!?」
「留美の家には、叔父さんも叔母さんも居るから迷惑が掛かるだろ? その点、家は両親共に滅多に帰ってこないから心配ない」
「で、でも……」
 留美は更に、何か言おうとしたが俯いて黙ってしまった。
 篤志は訳が分からず首を傾げた。
「まあ、何だ」
 傍観者を決め込んでいた観季が言う。
「乙女心は色々複雑なんだよ篤志君」
「? 意味が分からないんだが」
「分からなくて良いの、お姉さんが上手くやっといてあげるから」
「いや、同い年」
「やっとか無くて良いの?」
 観季が意地の悪い笑顔で聞く。
「お願いします。今度お礼するから」
「正直者で宜しい、んじゃまとりあえずはい、コレ」
 篤志は観季から渡された伝票を見る。
「……高くない?」
 伝票にはゼロが四個もついていた。
「あんたねぇ、あの量見て言ってる? それでもサ−ビスしてんのよ」
 観季は呆れながら言う。
「ごめん、ありがとう」
「良いて事、それよりあと少しで忙しくなるから話終わったら早く帰るようにしてね。お礼期待してるから」
 観季は言い終わると、留美に何か言って離れていった。
「それじゃあ、これからエルの服を買うために商店街にでも行こ――」
「待ってその前に、この近くに海無い?」
 エルが篤志の言葉を遮って、尋ねる。
「ちょっと行った所にあるけど,どうして?」
「用事があるの駄目?」
「良いよ。んじゃ、そろそろ行きますか?」
「そういえば、エルちゃんは、お金持ってるの?」
 留美が思い出したようにエルに尋ねる。
「お金って何?」
「何って聞かれても……」
 留美が困ったように篤志を見る。
「物を買うときに渡す、硬貨や紙幣の事だよ」
「良く分かん無いけど、コレの事?」
 エルはそう言って持っていた袋から取り出した物を、篤志に渡した。
「どれどれ……、エル? コレどこのお金?」
「知らない。家から出る時、持てるだけ持って来ただけだもん」
「まあ、良い。そろそろ行こう、お客さん多くなってきたし」
 篤志はレジに向かって行き会計を済ました。
 そして、篤志はエルと留美を伴って喫茶店を後にした。
 ――金貨は後で、詞音さんに教えてもらおう




 篤志たちが居なくなった喫茶店の中。
「とまり木から本部へ、緊急連絡」
『何があった?』
「異常事態発生。セイレ−ンを一人発見」
『了解。増員を送る』
「ノ−、必要性を認めず」
『理由は?』
「セイレ−ンは、タ−ゲットと共に行動をしています。故に増員は要りません」
『……了解した。とまり木、引き続き監視を続けよ』
「了解」
 電話をしていた人物は、通話が終わると、篤志たちが消えた方を寂しそうに見つめて呟いた。
「何で、……何で、留美と篤志がセイレ−ンと一緒に居るの?」




「わ−、海だ!」
 エルが海を見て、無邪気に叫んだ。
「それで、エル? 海に来て何するの?」
「泳ぐの」
「泳ぐって、ちょっ――」
 エルは、篤志の制止の声も聞かずに海に飛び込んだ。
 まだ今は四月だ。こんな季節に海に入ったら、普通間違いなく風邪をひく。
 だが、結果的には篤志の不安は杞憂に終わる。
「あれれ、エルちゃん寒くないのかな?」
 留美は何処か、ずれてる事を言っている。
「お−い、エル!」
「な〜に?」
 篤志が呼ぶと、エルは海面から顔をだして答える。
「風邪ひくから、早く上がってこい」
「え〜、そんな事ないよ。気持ち〜よ」
 そう言ってエルは海の中に消えて行った。
「し、し〜ちゃん」
 篤志に留美が話しかける。その声は、信じられない物を見た驚きに震えている。
「今、エルちゃん足無かったよね?」
 篤志はその問い掛けに、ただ首を縦に動かして答えた。
 彼らは見たのだ。
 エルが海に潜るとき下半身に足ではなく、魚の尾みたいな物が付いているのを。
 その姿は、おとぎ話等に書いてある人魚そのままだった。


「あ−、楽しかった」
 浜辺から少女が歩いてくる。篤志はその人物に見覚えがあるが、先程海に入った少女とは明らかに違う。
「どうしたのアツシ?」
 少女に声を掛けられて、茫然自失としていた篤志は現実に引き戻される。
「……エルだよね?」
「そうだよ、エルちゃんだよ」
 目の前の少女は笑顔を浮かべて背呈する。篤志が驚くのも無理はない。
 先程海に入る前の彼女は、確かに留美と同じぐらいの背恰好だった。
 ところが海から上がると篤志と殆ど変わらない背恰好に成長していたのだ。
 それに伴い容姿にも変化があった。
 可愛いから銀幕を飾っても可笑しくない美しい少女に変わっていたのだ。
「エル、君は何者なんだ?」
 篤志は今更ながら根本的な質問をする。
「あれ? 言って無かったけ?」
 エルはそう言い何が可笑しいのか、楽しそうに笑う。
「海から生まれ、海と空で生き、地に眠る者、ワタシは人に在らざる者…………セイレ−ン」
 エルはその綺麗な声で宣言するように言った。




 それから、同じように茫然自失になっていた留美を現実に引き戻し、商店街にエルの服を買いに繰り出した。
 留美もエルを見た時、驚いたようだがすぐにあるものとして受け止めた。
 そして、服を買う時に何やら落ち込んでいたが、何にそこまで落ち込んでいたか僕には分からなかった。
 服を買い終えると留美は、用事があると言って帰って行った。
 ――僕とエルって、どう見られてるんだろう
 海岸からすれ違った人が、例外なく振り返っている気配があった。
 ――荷物持ちとお嬢様か
 余りにも当てはまり過ぎて苦笑が出る。篤志はそんな事を考えながら、目的地に向かって歩いていた。
「どうしたのアツシ?」
 顔に出ていたのだろうエルが篤志に尋ねる。
「留美に荷物持って帰ってもらえば良かったなって」
 篤志は考えていた事と全然関係無い事を口にした。
「そんだけ?」
「それだけ。あっ、着いたよ」
 そう言った、篤志の前に一件の店があった。看板には道具屋と達筆な字で書いてあった。
「ここ?」
「そっ、ここ」
 カラン、カラン
「こんに――」
 ちは、っと続けようとする篤志に、突然頭上から網が被さった。
「マスタ−、捕まえました」
 右側から少女の明るい声が聞こえた。
「良くやった! 此処に来たのが貴様の運の尽き! おとなしく我が研究の礎になれ!」
 奥の方から言いながら女性が出てきた。女性は網に掛かっている篤志を見るとつまらなそうな顔になった。
「……何だ、篤志じゃないかつまらん。トウカ、網を取れ」
「えっ? 篤志君」
 そう言って、トウカと呼ばれた少女は網に掛かってる篤志を見た。
「本当だ、ごめんね」
 トウカは言いながら篤志に掛かってる網を外した。
「何でこんな事?」
 篤志はクラスメ−トの少女を見ながら尋ねた。
「何かマスタ−が、珍しい研究材料が来るから捕獲しろって」
「けっ、研究材料?」
 篤志はその言葉に目を丸くした。
「何用だ篤志? 冷やかしならとっとと帰れ」
 奥から出てきた女性―詞音が追い払う動作をする。
「ちゃんと用事があります。ほらエルも入って」
 篤志は後ろにいたエルを促して店の中に入った。
 店の中には刀や壺、鏡など様々な骨董品のような物が並んでいた。
 篤志は来る度に殆ど品物が変わらないこの店が、どうして続けられるか疑問だった。
「ほぉ……」
「綺麗……」
 詞音とトウカも、今までエルを見た人と同じような反応をした。
 対するエルは店の中を物珍しそうに世話しなく見ている。
「エルと言ったな?」
「ん? 何?」
 いきなり声を掛けられたエルは、素っ気なく聞き返した。
「貴様、人間か?」
 詞音は怪訝げな顔をして尋ねた。
「んん、セイレ−ンだよ」
 エルは首を横にふりながら答えた。
「そうか」
 エルの簡潔な答えに詞音は、何か分かったように頷いた。
「詞音さん、セイレ−ンって何ですか?」
 篤志はエルから聞いて疑問に思っていた事を口にした。
「お前が知らんのも無理はない。セイレ−ンと言うのは、海に住む特殊な魔術を得意とする種族の事だ。……ところでエル二三質問して良いか?」
「オッケ−」
「セイレ−ンの住んでいる三つの場所は?」
「アトランティスと天空宮の二箇所しか無いよ」
「次の質問だ。セイレ−ンの使う魔術の種類は?」
「音声魔術より高度な歌術」
「……本物なんだな」
「うん。納得した?」
 詞音は納得したように呟き。エルは楽しそうに笑う。
 篤志には今のやり取りがどんな意味を持つのか分からなかった。
「っで、用件は何だ篤志?」
 今のでエルに興味を無くしたのか詞音は篤志に事の発端を尋ねる。
「えっと、エル持ってきた荷物見して貰える?」
「は−い」
 エルは近くにあった机の上に持っていた袋を逆さまに振った。
「止せ!」
 袋を見た詞音が制止の声を上げるが遅かった。
 ドサ、ドサッ
 袋から、アッとゆう間に机の上に山のように物が乗った。金貨の他に杖や鏡、ナイフと言った危ない物まで出てきた。
「………………」
 篤志は、金貨が十数枚位しか入ってないと思ったので目を点にした。
「言わんこっちゃない」
 詞音が頭を押さえて言う。
「わっ、こんなに入ってたんだ」
 エルはエルで入っていた物の量に驚いている。
「魔具を粗末に扱うとは」
 詞音が呆れたように言う。
「魔具って何ですか?」
 また出た聞き馴れない言葉に篤志は尋ねた。
「ゲ−ムとかにあるだろう? 攻撃したら一定の確率で毒になるとかそんな感じに道具に魔力を付加した道具の事だ。さしずめその袋は、未来から来たネコ型ロボットの袋と大差ないだろう」
「ド、ドラ○もん」
 驚いてる篤志を尻目に詞音はナイフに手を伸ばす。
「これも魔具か、エル、コレ借りるぞ。篤志ちょっと試さしてくれ」
「何する気ですか?」
 篤志は悪い予感が頭によぎった。
「心配ない、コレでほんの少し傷を付ける位だ」
 悪い予感は見事、ど真ん中に的中した。
「危ないじゃないですか!」
「私は求道者として、どんな魔力が付加されているのか知りたいのだ。大丈夫だ、……多分」
「嫌です! 自分でやれば良いじゃないですか!」
「万が一の事があったらどうするんだ」
「余計嫌です!」
「しょうがない、トウカ」
 詞音は篤志から視線をトウカに移した。
「何ですか?」
「お前で試さしてくれ」
「……酷い事しないで下さいよ」
「私がお前に酷い事したあるか?」
「しました。……沢山……」
 トウカは悲しそうな顔をして答えた。
 詞音がトウカの頬に手をやる。
「そんな顔をしないでくれ。トウカ」
 言いながらトウカを抱き止せる。二人の身長差の為か、トウカが詞音の胸に顔を埋める形になる。
「私の可愛いトウカ……大丈夫、何があっても私はお前を捨てたりしないよ」
 抱きしめたまま、トウカの顔に手をやり上を向かす。
「マスタ−……」
「すぐ済むから、目を閉じて」
 トウカは詞音の優しい声に促され目を閉じる。
 詞音はナイフを一線させる、ナイフがトウカの白い肌を走る。
 トウカの顔が痛みに歪む。
「何か身体に変化はあるか?」
「何も」
「つまらん。返すぞエル」
 そう言って詞音はナイフをエルの方に向ける。
「あっ、ああ……」
「どうした、篤志?」
 詞音が篤志の変な声に気付いて声を掛ける。
「んっとね、トウカが石になっちゃてるの」
 エルがあっけらかんと事実を口にする。
「そうか、どうりで感触が変な筈だ」
 詞音も何でもない事のように言う。
「何でそんな落ちついてるんですか!」
 篤志が大声を上げた。
「まあ、落ちつけ篤志。それより、お前達の用件を先に終わらす」
「でも、トウカが――」
「トウカの治療には時間が掛かる。だから、お前の用件を先に済ますんだ。分かったな?」
「はい」
「良し、それでこの魔具の山を私に見せてどうするつもりだったんだ?」
「それは、エルがお金を持ってないって事だったんで、金貨を引き取って貰おうと思って」
「大体事情は分かった。それで幾ら位必要なんだ?」
「幾らって? まあ、多いにこした事はないですけど」
「篤志、良い事を教えてやろう」
 詞音はからかうように笑い道具の山に手を伸ばす。
「例えばコレお前は幾らだと思う?」
 詞音の手には一振りの杖が握られている。
 それは、篤志には只の古ぼけた杖にしか見えなかった。
「二、三万ですか?」
 でも、聞かれるにはそれなりの価値があると思い少々高めの値段を口にした。
「違うな、せいぜい高くても五千円にもならないだろう」
「はあ……」
 詞音の真意が分からず篤志は曖昧に相槌を打つ。
「但しそれは“普通”の所での値段だ。しかる場所で出せば軽く四、五年は遊んで暮らせるぞ」
「そ、そんなに!」
「魔具は貴重なんだ。貴重だから自ずと値段も高くなる」
 もう、篤志には理解出来ない世界だ。
「改めて聞く。どれを手放す」
 詞音はエルを正面から見据えて尋ねる。
 エルは少し考える仕種をしてから言った。




「全部」




 ピキッ
「聞き間違えかな? 今、何て言った?」
 詞音が顔を笑顔にしてもう一度聞く。
「だから、全部」
 ブチッ
「……お前は私の店を潰す気か!」
 顔に青筋を浮かばせて詞音は怒鳴った。
「えっ? だって、ワタシには必要ない物だし、それに……」
「それに?」
「お金は多く持っていた方が良いんでしょ?」
 エルが不思議そうに答えた。
「限度が有るわ! 何処の世界に、大国を買える位の金を個人で持ってる奴が居るか!」
「ちょ、詞音さん冷静になって――」
「私は冷静だ!」
 大声を出して疲れたのか、詞音は肩で息をしている。
「エルも」
「何?」
「全部売る必要はないでしょ? お金が無くなってからまた引き取って貰えば良いでしょ」
「う〜ん、篤志がそう言うんだったらそうする」
「それじゃあ、当座の資金があれば良いのか?」
 回復したのか、詞音が話に入る。
「まあ、そうゆう事です」
「買い取る物は私が選ぶ。良いな」
 有無を言わさず言い切ると、詞音は道具の山を調べる。
「……この二種で良いか」
 金貨と何かを見せながらエルに尋ねる。
「オッケ−」
「ちょっと、待っていろ」
 詞音がカ−テンが掛かってる部屋の奥に入って、そして出てきた。
「これで暫くは大丈夫だろう」
 そう言って、篤志に札束を二つ無造作に渡す。
「こ、こんなに?」
 篤志は札束に目を丸くした。
「ほら、トウカの治療をするから、用が終わったらとっとと出ていけ」
 そして、半ば追い出されるように篤志達は道具屋を後にした。




「アレがお前の標的か?」
「標的とは酷いなシオン、せめて対象と言ってくれないかな?」
 カ−テンの向こうから、詞音の疑問に対する不満が聞こえる。
「ふん、同じ事だろ。ラティル」
 詞音は答えてカ−テンを掛けている部屋へ入った。
 そこには、ラティルとロ−ラが居た。ラティルは椅子に座り優雅に紅茶を飲んでいる。
 対するロ−ラは、ラティルの後ろにそうしてるのが当たり前のように控えている。
「まあ、そうなんだけどね」
 ラティルは首を竦めて同意する。
「それで、アノ、エクアドル・ストレンジが対象なのか?」
「そうだよ、彼女が姫君にしてセイレ−ンの生き神。天界から落とされた女神」
 ラティルの説明に詞音が顔を顰める。
「そんな、大層な娘なのかアレが?」
 詞音から見れば、エルは確かに力は凄いがそれだけのような気がする。
「大層な娘なんだよアレでも、……所で、彼は面白いね」
「彼? 篤志の事か?」
「そう、篤志。彼はとても面白い、一つの魂に三つもの力を持ってるなんてね」
「気付いていたのか」
 詞音は些か感心したように言った。
「うん。それでボクの頼みは引き受けて貰えるのかな?」
「代価が貰えるならな」
 詞音は嫌そうに答える。
「勿論、たっぷり払ってあげるよシオン」
 ラティルは言いながら詞音に近づく。
「……ボクの身体でね」
 詞音の耳元に囁くように言った。
「笑えない冗談だな。それに私はノ−マルだ。人肌が恋しいなら自分の従者を抱けば良いだけの話だろう」
 詞音の言葉にロ−ラの頬が桜色に染まる。
「もっともな意見だけどねシオン、何十年も同じ相手だと飽きとゆう物が来るんだよ」
「……女の敵だな」
 詞音が呆れたように言う。
「違うよ、女の敵は女しか居ない。ボクは女の子の敵じゃないよ」
 ラティルが楽しそうに反論する。
「……所で、あの子をあの儘にしといて良いのかな?」
 トウカを指さしながらラティルが尋ねる。
「心配無い。コレは私の“最高傑作”だ」




「ふ〜ん、ふふふ〜ん、ふふ〜ん、ふふ〜ん」
「エルご機嫌だね」
 篤志は先程から妙に上機嫌のエルに話しかけた。
「うん、だって全部が面白いんだもの」
 エルは何か見つける度に篤志にこれは何か、あれは何か、っとしつこく聞いてくる。
 少々うるさかったが、商店街を抜ければ家までもう少しなので聞く事はもう無いだろう。
「ふ〜ん、ふふふ〜ん、ふふ〜ん、ふふ〜ん」
 エルの少し外れた鼻唄だけが辺りに聞こえる。

 ――………まずいな
 商店街を抜けた辺から後を付けられている、……それも一人ではなく複数。
 篤志だけならまだ良いが今はエルもいる。
「まずいな」
 篤志は我知らず呟いた。
「どったの篤志」
「何でもない」
 ――大丈夫だ
 問題ない。エルには一応家までの道は教えてある、いざとなればエル一人だけでも逃げれるだろう。
「ふ〜ん、ふふ〜ん」
 エルが突然道を曲がった。
「エル! そこ違う!」
「えっ?」
 制止の声を掛けたが遅かった。エルは脇道に入った後だった。
 篤志は慌ててエルの後を追った。
「どうしたのいきなり大声だして?」
 エルが篤志に不思議そうに尋ねる。
 ――しまった
 だが篤志にエルの疑問に答えるだけの余裕はなかった。
「ね−、カノジョそんなヤツほっといて俺らと遊ばない?」
 入口の方からいかにも頭が軽そうな声が掛かる。
 篤志はエルを後ろに庇いながら声の聞こえた方を振り向いた。
 そこには、ガラの悪そうな若い男が四人程立っていた。
「エル」
 篤志がエルにだけ聞こえる声で話しかける。
「何?」
 エルも篤志の考えが分かったのか、小声で返してくる。
「僕が合図したら逃げて」
「えっ? 何で」
「いいから、分かったね」
「何、俺達無視してコソコソ内緒話してるの」
 男の一人が何時の間にか篤志の目の前まで来ていた。
 ドガッ!
 篤志の頭部に激痛が走る、痛みで殴られたのだと分かった。
 倒れそうになるのを何とか踏み止まる。だが、容赦なく二撃目が篤志を襲う。
 赤くなった視界の端にエルが、男達に捕まったのが見て取れた。
 助けようにも身体が動かない。
 その光景を最後に篤志の意識は深い闇の中に沈んで入った。











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