「に、人魚?」
 僕の目の前に現れたのは、紛れもなく人魚だ。
 子供のころ「人魚姫」を絵本で読んだ記憶があるが、まさにその通りの姿がそこにあった。
 尾っぽのある人間。それを僕たち人間は人魚と呼ぶケースが多い。
 実は人魚は何かの動物だという話を聞いたことがあるが、こう目の前に現れてしまってはそれを否定してしまいそうだ。
「むー。人魚じゃないってば、セイレーンなんだよー!」
 ぷぅと頬を膨らまして睨む自称セイレーン。
 だけどその顔は怒っているようには見えず、何か可愛く感じてしまった。
「って素直に信じられないって!」
 危うく信じそうになった頭を急ピッチで元に戻す。
 そうだ。人魚だかセイレーンだか知らないけどそんな幻想の世界だけにいるようなものすぐに信じられるわけがない。
 だが目の前にいるのは紛れもなく魚の尾をしている人間。
「ね、ねぇ。その尾って本物?」
 訊いてみると、まだ膨れていた彼女は首を傾げた。
「え? あ、まだ信じてないんだー。酷いなー。ここまでしても信じてくれないなんて」
 彼女は泣きそうな顔をして、僕を見つめてくる。
 僕は思わず怯んだ。男は女の涙に弱いって言うけど、本当なんだと思った時だった。
 彼女はゆっくりワンピースのスカートを捲っていく。
「って、な、何してるの!?」
「何って信じてくれないからねー」
「だからってスカート捲るなんて―――」
 その言葉はすぐ止められた。
 着ぐるみではない証拠がそこにあったからだ。
 その尾と彼女の体には継ぎ目が無い。まるでグラデーションのように魚の尾から人の肌へと変化していた。
「これで……信じてくれたかなー?」
 やはり恥ずかしかったのだろう。少し頬を赤らめながら訊いてくる。
 僕は呆然とその姿を見ていたが、彼女の声により自分を取り戻す。
「あ、う、うん。わ、わかったから」
 その言葉を聞くと、ふぅと溜息をついて彼女はスカートを戻す。
 とりあえず心を落ち着けよう。
 ここまで見せ付けられてしまっては認めるしかない。
 多分頬をつねっても夢ではないのだから痛いに違いない。
 つまり、ここにいるのは本物の人魚――いや、セイレーンらしい。
「刺激、ありすぎだよ。麻衣さん……」
 僕はここにいない人を少し恨んだ。


原作:とむはち   執筆:今井秀平
"delicate blue light -under the blue, blue sky-"
(3)


 とりあえず彼女を川から上げることにする。
 いくら人魚――セイレーンだとしても人目につくのは見ている僕でも恥ずかしい。
 まぁ彼女自身が目を惹かれるだろうが、それは後にしておく。
 備え付けの階段に登ってきた彼女は、知らない間に人間の足に戻っていた。
 どうやら水に浸けられないでいると自然に人間の足になるよう施しているのだと言う。
 便利?
「っと。とりあえずもう一度自己紹介だねー。エクアドル=ストレンド、長ったらしいからエルでいいよね。君は?」
 そういうと手を差し伸べてくる。どうやら握手の意らしい。
 日本人は握手という習慣はあまりないので僕も戸惑ったが、ゆっくりとではあるが彼女の手を握った。
 彼女の手は人肌のように温かかった。
 水の中にいるので冷たいと思っていたのだが、普通の人間のような温かさ。
 やはり本当にセイレーンという生物なのかと疑いたくなってくる。
「? どうしたのー?」
「あ、ごめん。僕は青山篤志」
 うっかり彼女の温かさに驚いてしまっていたが、なんとか言葉を繋ぐ。
 そう言うと彼女――エルはんー、と考えるように顎に人差し指を置く。
 その動作は彼女に似合いすぎていた。
 少し考えた後、エルは満面の笑みを浮かべて何故か頷く。
「うん。やっぱり決めた!」
 突然の喜びに僕はまた戸惑った。何を言っているのだろう。
 そしてエルはブンブンと握った手を降り始めた。思いっきり、激しく。


「わたし、君の家に住む!」


 ――――――――――。
「はぁ!?」
 突然の展開に僕は驚いた。いや、誰だって驚くだろう。この展開。
 泊まる、じゃなくて住むなのだ。それがどういう意味か。
 一晩じゃなくて場合によっては未来永劫なんてことになりうるのかもしれないということだ。
「ちょっと待ってよ。いきなりなんで僕の家に住むのさ。理由がない!」
 手を握られたまま問いかける。
 エルは握った手を離さぬまま、またんー、と悩み始めた。
「確かにいきなり言われて、はいそうですか、なんて言えるはずないもんねー」
 当たり前だと思う。
「うーん……でも、お願い! いつか言うから何も言わないで君の家に住ませて?」
 そう言うとまた泣きそうな顔をして訊いてくる。
 狙ってるんじゃないだろうかとは思うけど、態度からすると本当に悩んでいるようだった。
 だけどそうだとしても、やはり住むと言われると少し困ってしまう。
 まぁそのときの僕はどうにかしていたのだろう。
 その時はその時、なんて思ってしまっていたのかもしれない。
「……わかったよ」
 少し呆れ気味で言う。
 その言葉はすぐにエルに伝わり、泣き顔から一変満面の笑みに変わった。
「ホント!?」
「どうやら君の態度から本当に困っているみたいだからね。ここまで迫られたら断るわけにもいかないし」
 実際、まだ手を握られている。
 もしかしたら彼女は僕が承認するまで手を離さないつもりかもしれない。
 困ったときはお互い様、とか言い様があったんだろうけどセイレーンにそれが伝わるかどうか。
 僕が笑って返すと、エルは漸く手を離して喜んだ。
「やったー!」
 わーいわーいとはしゃぐ彼女を見ると、やはり人間ではないかと疑いたくなる。
 その度に彼女が見せた尾を思い出すので、違う生物だと認識せざるを得なくなる。
「よし! わたしを認めてくれたお礼にアツシの質問に答えちゃおー!!」
 びしっと指先を僕の目の前に突きつける。
 どうやら僕のことをアツシと呼ぶことに決定したようだ。まぁ別段困らないからいいけどね。
 さて、彼女が質問していいというのなら、今胸や頭の中に溜まっている質問をぶつけることにしよう。
「とりあえず―――セイレーンって何?」
「あや。本当に知らないみたいだねー」
 素直に頷く。僕から見れば彼女のあの姿は人魚以外の何者でもない。
 まぁ僕は今まで人魚の実物を見たことが無いから、あれが人魚だという確信は無いけれど。
 エルは少し面倒くさそうにしていたが、僕の顔をちらりと見ると何故か頷いた。
「では、お教えいたしましょー。まずセイレーンっていうのは確かにアツシが言ったように人魚に近いんだよ。
 違う部分といえば人魚というのは分類的には半魚人に近いんだけど、わたし達セイレーンというのは半鳥人に近いんだー」
「半鳥人?」
 言葉から考えるに、鳥に近いということだろうか。
「そう。人魚というのは泳ぐための機能しかないんだけど、半鳥人となるわたし達はなんとっ、飛ぶ機能も備わっているのですっ!
 ……といっても飛行時間は微々たるもんだけどねー」
 後から訊くと、エルは飛ぶとしても1〜2時間程度ぐらいが限度らしい。
 それでも凄いと思うんだけど、成長すると半日〜一日中飛べるというセイレーンもいるらしい。
「それ以外の違いとなると、声の質かなー。一般によく聞かれる人魚はそのままの人魚。
 そしてハーブとかいう楽器を弾いているのは実はセイレーンの部類なんだよ?
 どうやらごちゃ混ぜになっているみたいだねー。
 んで、セイレーンっていうのはわたしみたいに声の質が良すぎ。
 もうアツシは慣れたかもしれないけど、こんな綺麗な声が出せるのはセイレーンだからなんだー」
 自慢しているように聞こえるがあえて無視する。
「……話は戻るけど、もしかしてセイレーンって羽か何かあるの? 飛べるとか言ったけど」
 ペースが早いので途中質問する機会があまりなかった。
 話し始めると実は止まらないんじゃないか、って思う。
「ん? あるよー。けど羽を出して飛ぶにはやっぱり力が要るから、滅多に使わないけどねー」
 まぁ、こんなもんかなとエルは区切る。
 もう少し長くなるのだと覚悟していたけど、エルは人魚とセイレーンの違いがわかってもらえればよかったらしい。
「それじゃあ、次の質問。セイレーンって皆日本語を喋るの? エルはさっきから日本語喋っているけど」
 そう言うと、エルは悩み始めた。
 もしかしたら説明するのは得意のではないのかもしれない。
 話すのは好きなのに説明は苦手、か。
「えっとー。簡単に言うなら『言葉が君に入り込んでいる』と言ったほうがいいかなー」
 いや、全然簡単じゃない。
「んー。もっとわかりやすく言うなら『脳にわたしの言葉を無理矢理理解させている』と言う方がいい?」
「……なんとなく理解は出来るけど、それって脳に負担をかけるようなことじゃないの?」
 確か、脳に無理矢理な情報を入れようとすると返ってそれが悪影響を及ぼすとかいう話を聞いたことがある。
 死ぬことはないけれど、生活に少しばかりの支障が出るとか。
「あ、それはないない。わたしがごく自然に話しているように視覚に影響を与えているから大丈夫ー」
 視覚に影響?
 それは支障を与えているといわないだろうか。
 というか、セイレーンって本当に何者だ。
「えっと、アツシは"イービル=アイ"とか聞いたことないかなー?」
 イービル=アイ。evil eye。
「あ、邪眼だね。確か日本にそういう家系の人がいるとか聞いたことがあるよ」
 あくまで噂だけど、そういう話を聞いたことがある。
 家系と言っても実際にはとある家の姉妹であり、親にはそういう遺伝子はなかったらしい。
 だから家系というのは本当はおかしい。
 だが調べてみるとこれまた変なもので、曽祖父には邪眼の遺伝子があったらしい。
 まぁ、今はそんな家系の話ではないので省くが。
 エルもその話にはあまり興味がないようで、軽く頷いてから話を続ける。
「そのイービル=アイには色々種類があるんだー。
 けど邪眼という言葉を知っているところからすると、アツシにも少なからず知識はあるみたいだねー」
 本当に人並みだと思う。
 確か邪眼には怪力やら魅惑やら石化やらの力が備わっていて、見るもの全てにその効果を表すという。
 だが見るだけではいけない。相手がその目を見て始めてその効果が発揮される。
 それを考えると彼女の琥珀のように光る橙色の瞳の色の意味がわかる。
 猫の目のように瞳孔が細長くないが、些細なものだろう。
「その中でも、わたしは『言葉を理解させる』というのを君に理解させたんだー」
 結局は脳に負担を植えつけている感じがするのだが……。
 というかそれは洗脳の部類に入るのでは。
「んー。とりあえず視覚を司る脳の部位を麻痺させた、でいいかなー」
「そ、それはそれで凄すぎ」
 やっぱり変だ、セイレーン。
 それをスラスラと何の問題もないように、当たり前のように話すエルもエルだ。
 あ、彼女はセイレーンだから変なのか。納得。
 そして僕は思った。もしかしたらエルを住ますことを納得させたのも邪眼のせいではないのか、と。
 しかし、ここまで来ると僕が子供のころに思い描いていた人魚姫とはかけ離れているなー、と。
 ―――?
「そういえばエルは人魚姫みたいに、声を引き換えに人間の足を得たわけじゃないんだね」
 人魚姫といえばその美しい声を引き換えに、人間界に降り立ち、うんたらかんたらだったはずだ。
 その"うんたらかんたら"の部分は、エルの場合不明だ。
 問うと、エルはあははと苦笑いをする。
「わたしは人魚姫って物語は知らないけど、なるほど声、等価交換するならそれが良かったかなー」
 等価交換――交換するならそれと似合う価格のものを差し出すということ。
 人魚姫の綺麗な声というのは人間には持つことが出来ないくらい美しい声なのだという。
 それならば人間の足を交換したとしても、おつりが返ってくるほどの存在であることは間違いない。
 だが人魚姫はそれよりも人間の足を選んだ。それほど人間の足というのは必要だったのだ。
 愛しい人に会うために、その目でその姿を見るために近寄るために。
 言葉を聞くに、どうやらエルも違うものであるらしいが交換したようである。
 少し悲しそうな顔をすると、僕に背を向ける。
 あの明るかった笑顔が一瞬に消える。それは僕が見た中では一番寂しそうだった。
「エル?」
 声をかける。声をかけていいのか、戸惑われたがかけた。
 どうやら言ってはいけない質問だったようだ。
 となれば自分の不躾なところを後悔した。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
「ごめん。なんか―――」
「んー! しんみりしちゃったー!!」
 更に声をかけようとするとそれを遮るようにエルは体を伸ばした。
 まるで天に向かって叫ぶように。わー、と今でも叫ぶように天に向かって。
 彼女は思いっきり伸びをした。
 だがそれは僕から見れば強がりな姿だ。
 無理して笑い、無理して誤魔化し、無理して繕う。
 もしかしたら彼女は、いい意味でも悪い意味でも、僕より馬鹿なのかもしれない。
 けど、その姿は羽を伸ばすように綺麗だったということを付け加えておく。
「さて質問時間はしゅうりょー! お腹空いたからお家へれっつごー!!」
 無理矢理終わらせ、やはり満面の笑みを浮かべ彼女は僕の手を引っ張る。
 しかも元気付けるように、もう一方の手は大きく天を貫く。
 その笑みはやはり可愛くて、その声はやはり綺麗で。
 恋愛感情とは違う、それとなく楽しそうな彼女への気持ち。
 なんだかんだ言って、少し面白くなってきているのを感じた。
 どんどん前へ進んでいく彼女だが、二つ失敗をしている。
 彼女は僕の家が何処にあるか、知らない。
 そして、コンクリートの上を裸足で歩いているということだ。


 さて、問題発生だ。
 今の今まですっかり忘れていたが、もう少しすると留美がやってくる。
 この時ばかりはもしかしたら自分は痴呆症になりつつあるんじゃないかと疑った。
 とりあえず問題となるエルは僕の部屋にいる。これでなんとか凌げるはずだ。
 留美にエルを紹介すれば早いことなのだが、そんな話を留美が信じるか。
 いや、案外彼女なら信じてくれるはずだ。思いやりの精神では群を抜いて良い留美になら。
 だがやはり、住むと言われてわかったという彼女ではない。絶対叫ぶ、絶対。
 そして留美はエルに自分の家で暮らさないかと問い詰める。
 今更思うが、エルはセイレーンであるがやはり年頃の女である。それを留美が許すわけがない。
 しかし今更帰ってくれとは言えない。それに彼女にそのことを言うと。
「ヤ。わたしはアツシの家がいいのー!」
 と駄々をこねる始末だ。まるで子供。
 エルは邪眼を使うというと提案が出したが、やはり洗脳というのは言葉の響きが嫌だ。
 だとすれば、どうするか。
 やはり素直に話してしまうのが得策か。
 ……あぁ、怖いけど仕方ない。住むことを認めてしまった僕の責任なのだから。
 というわけで、僕は玄関にいるわけで。嫌なことは早めに済ませてしまおうという精神だ。
 やはり気が滅入る。なんて喋ればいいのか脳にシミュレーションしてみる。
 だがどれもこれも最後には留美の愕然とした顔が思う浮かばれる。時に怒り顔なんかも出てきたりした。
「はぁ〜……」
 エルには僕が呼びかけてから部屋を出るように言いつけておいた。
 今頃僕の部屋にあるものを興味津々に見ていることだろう。
 ちなみに見られてはいけない場所は忠告しておいたが、無理だろうな。
 人間止めろといわれたことはやりたくなるし、ってエルはセイレーンなんだって。
 まぁ差別はいけないか。なら人間と認めることはいいこととしよう。自己完結。
「あっちゃん!」
 と、そんなことを考えていると突然前触れもなしの玄関のドアが開かれた。
 やっと心を落ち着けたところでの来訪なので、体が驚くのも無理はなかった。
「は、はい!?」
 なんて変な声まであげるし。
 しかし留美はそんな僕を丁度階段から降りてきたというように思ったのか、別段そちらは驚くことはなかった。
「あ、あっちゃん! ごめん、今日家外食することになったから、自分で作って食べてて! 本当にごめん!!」
「あ、うん。わかった」
「それじゃあ!」
 そして嵐が去った。
 ―――――。
 というか、僕は連れて行ってくれないのか。
 家族のように過ごしていた坂城家へのちょっとした亀裂が入ったような気がする。
 だが好都合だ。嫌なことは早く済ましたいのだが、落ち着く時間がもらえたようだ。
 それにエルを放っておいて外食など行けるはずがない。
 それも考えると好都合の好都合というところか。
 耳を澄ますと、坂城家の方からエンジン音が聞こえてくる。
 本当に行くようだ。ところで、
「おじさんやおばさんまで僕の存在、無視ですか」
 亀裂が広がった気がする。
 では、仕方あるまい。こっちはこっちで美味しい料理作りますよーだ。
 心の中でやせ我慢を言う自分が寂しい。
 ともかく夕飯を作らねばならない。昼ごろ留美と買い物をしたので食材はある。
 だが留美が勝手に材料購入したので、一体何を作ろうと考えたかは予想は―――ま、ある程度は出来るけど。
 さて、それでは調理にかかるが、エルの問題がある。
 やはり海の生物であるので魚や海藻類のほうがいいんだろうか。
 まさかプランクトンしか受け付けないとか言わないんだろうか。
 むしろ共食いなんてあるんだろうか。だとしたらあれは人肉か。
 そんなことを考えながら、とりあえず調理に取り掛かった。
 シーフード料理決定。

「え? わたしなんでも食べられるよー?」
 ……心配して損した。

 お風呂も無事に済ませた。
 やはりこれも海に住む生物なので冷水がいいのか、塩水がいいのかと試行錯誤したが別にどうでもいいらしい。
 結局は水に入ればいいようで、普通の温水でも変わりはないらしい。
 服は仕方ないので僕のを貸してあげた。大きいだろうがそれは我慢である。
 まぁそれ以外は大きな心配事はなく、無事に終わる。
 シャワーとかはまた教えることにする。体の洗い方は女性の留美に任せることにする。むしろ、してください。
「はぁー。なんか大変な一日だったな。まぁ大半は昼からだけど」
 居間のソファに体を預けながら、部屋の天井を仰ぎ見る。
 麻衣さんの強制労働は毎度のことだからいいけど、まさかセイレーンなるものと出会うなんて。
 しかしここまで来ると再び、彼女はセイレーンなのかと疑いたくなる。
 実は僕をだまそうとか考えているんじゃないだろうか。あとで笑ってやろうと考えているんじゃないだろうか。
 実は家出少女で、バレたくないから嘘をついているんじゃないか。
 などと考えてもみるが、エルの今までの行動を考えると嘘ではないことが明らかになる。
 魚の尾が突然人間の足になるとか。現在では即座に変化するのは不可能だ。
「だとしたら、やっぱりエルはセイレーンか」
 だが、そうだとしたら―――
「エルは、一体どうして海から出るような真似をしたんだろ」
 結局はやはりそこに辿り着く。
 僕たち人間からすれば他の生物とは羨望に値する。
 なんて自由なんだとか理解してしまいがちだ。
 だとすれば彼女達人外の生物も、僕たち人間を羨望しているのだろうか。
 だけど、それだけじゃない感じもする。
 彼女の行動からすれば、まだあるような感じがする。
 何かが。
 そして天井がいきなり変化する。
「アツシー?」
 覗きこんでくるその原因。
 突然のことで驚きに目を開く。
「あははー。アツシ変な顔ー!」
 現在夜中の11時。なのにこんなに賑やかな彼女。
 多分自然な笑顔が目の前にある。
 やはり素直に可愛らしいと思う。だからやはり人間じゃないかと疑いたくなる。
 けど現実は現実。これまた素直に受け取るしかないのである。
「失礼だな。エルが突然顔を出してきたからだろ」
「むー。だってアツシがわたしと遊んでくれないんだもーん!」
 といって、彼女が指差すのはテレビ。
 もっと言うとそれに繋がれている、また映っている存在。
 所謂、テレビゲームと呼ばれるものだ。
 エルは僕が夕飯の片づけをしていると、テレビの下にあるゲーム機に目が行ったようだ。
 それに答え、試しにやってあげると「おぉー」の連続。たちまちハマることとなった。
 しかもお風呂に入る前とお風呂に入った後――つまり今だが――ずっとやっているのである。
 もう一度言おう。夜中の11時だ。
 ―――寝てくれ。
 しかしそんな思いが彼女に伝わるはずもなく、渋々僕はソファから腰を上げることになった。
 僕は心の中で彼女に言おうと決意した台詞を思いついた。
 ご利用は、計画的に。
 ゲームは一日無理しない程度。

 やはり無理したのだろう。彼女はゲームの最中に寝てしまった。
 その証拠にテレビ画面には音楽が鳴り響いたまま一歩も動かないキャラクターが存在していた。
 最後にやり始めたのがRPGだったが、彼女には不向きだったようで、途中放棄して寝てしまったようだ。
 夜中の2時。かなり持ったほうか。
 僕は寒くなるといけないので、とりあえずソファに寝かせることにした。
 ここならすぐに留美に見つかるわけではないし、後で説明して紹介すればいい。
 逆の場合、つまりエルが部屋にいると起こしに来る留美がまず叫ぶからだ。
 となれば多分留美の怒り度が頂点に達して僕に迫ってくる。それは避けたい。
 まぁ先にエルが見つかってしまったなら、それはそれで仕方ないとしよう。この世に絶対成功はない。
「掛け布団だけでもしておかないと風邪を引くからな」
 ふと、そう言って笑ってしまった。
 なら毎年の冬は彼女らセイレーンは風邪引いてばかりなのかな、なんて思ってしまったから。
 だがやはり用心のためだ。掛け布団はしておく。
「それじゃあ、おやすみ」
 電気を消すと、それまで綺麗に電灯を反射していた青い髪は消えうせる。
 真っ暗になるのは日常なのだが、今日はその暗闇が違って見えた。
 明日になればそこには新たな日常があるのだから。
「さて、寝ながら留美に何て言うか考えなくちゃ」
 僕の夜はまだ長い。




 その夢は儚く、その夢は脆く。
 その夢はまるで現実のように世界を映し出す。
 沈む。沈んでいく。だが、浮き上がる感覚。
 手を伸ばすのは夢の彼女。
 そして手は握りしめられる。
 だがその手は泡のように。何もなかったように。
 まるで人魚姫のように儚く散った。

「―――――」

 言葉を発したのはどちらだったか。
 手を失ったのはどちらだったか。
 光。闇。ヒカリ。ヤミ。
 繰り返される明暗。繰り返される白黒。
 その隙間に見えたのは、彼女の―――


 ―――ブツン。


 目をゆっくり開く。
 どうやら朝が来たようだ。
 意外に早い朝だが、寝たのが遅いのでそう感じられるのだと思った。
 こういうとき、自動的に時間になると起きる体質に感謝したり苛々したりと。
「そういえば、変な夢を見たな」
 昨日とは違う夢。展開も終末も違う夢。
 嫌な予感がするような夢だったのだが、夢は覚めると消える。
 その例に洩れることなく、さっきの夢も消えうせた。
 嫌な夢ほど記憶に残るというのだが、それは違ったのか。
 まぁそれはどうでもいいことだ。
 体を動かそうと全神経に力を入れる。
 ―――――。
「あ?」
 動かない。
 ……うん、やっぱり動かない。
 考えてはいけないことを思うが、それは取り払う。
 気を取り直して金縛りにあったのかと思う。だけど朝だし。霊感ないし。
 隣で声が聞こえてくるけど考えてはいけないこととする。
 さて、動かない原因は何か。
 体が疲れているからまだ休めといっているのか、それともまだ寝足りないからとか。
 そうだ。そうに違いない。
「……うーん」
 相変わらずの綺麗な声で、その予想は覆されるのであった。
 そして僕はゆっくり斜め下へ向ける。
 青い髪。青い髪。青い髪。青い髪。
 認めよう。
「何、やってんのさ。エル」
 捕まれた体。押し付けられる体。
 そう、僕は今まさしくエルに抱き疲れているのでありました。
 というか、なんでソファで寝ていた彼女が今まさに僕の隣で布団に潜っているのか。しかも窓際って。
 なんとか心を抑えて、ゆっくりと彼女の手を僕の体から離そうとする。
 だが、離れようとすると逆に抱く力が強くなってくる。
「……もしかして、起きているとか言わないよね?」
 反応は、なかった。
 仕方ないので、抱かれたままでここから移動しよう。
 抱かれたままの姿をもうすぐすれば起こしに来る幼馴染に見られたらそれこそ堪らない。
 こんなときほど、休みの日にも起こしに来るという日常を呪ったことはなかった。
 幸いに彼女は服を脱ぐことなく、布団に入っているので目のやり場に困ることはない。
 いや。十分にあるが見えていないことに感謝するということだ。
 なんとか腰に抱きつかれていた手を僕の首に持っていく。
 これなら抱き上げることは容易になるからだ。
 布団をはがして気づいたことがある。

 ―――彼女、下着つけてたっけ。

 さて、問題です。
 次の場合僕はどうすればいいでしょう。
 問題シーン。

「あっちゃーん!!」
「って、ちょっと待って留美。来ないで、ごめん!」
「え? あっちゃん聞こえないよ?」
 そうだ。思い出したらエルが下着をしていたのを見たことがあるか。
 いや、それはそれで問題があるが――って違う。
 もしかしたら彼女は下着をつけていないかもしれない。
 となると、だ。
 目のやり場とかそんな問題じゃなくなる。
 そんなことをしているうちに留美が来てしまう。
 ドアが閉まっているから階段を上りきってから部屋を見るのに時間はあるが、言葉どおり時間の問題だ。
「あっちゃーん?」
 トントンと軽快ないつもの足取りで階段を上ってくる。
 それが今では百鬼夜行の足音に聞こえてくる。
 慌てふためく僕の振動が伝わったのか、エルがゆっくり目を開ける。
「んりゅ……どうしたの? アツシ」
 無防備な彼女の姿に呆れかえるが、今はそれどころじゃない。
 声を出そうとするが、このままだと大声になって留美の足音が早くなりそうだ。
 だから慎重に声を出そうとするのだが、その思いはエルに伝わることはなかった。
 首に持っていった手を強く引っ張ってくる。
 となると無防備な僕はどうなるか。
 自動的に彼女の元へ倒れることになるのだ。
「まだ寝るー」
 とか言っているし。
「そ、そう言う問題じゃなくてね!」
 思わず声を上げてしまった。それが留美に伝わってしまい、やはり足音が早くなってくる。
「ど、どうしたの!」
 あー。呪うよ、神様。
「ちょ、ちょっと待ってってば留美!」
「寝るー」
「あっちゃん!」
 思わず声を出して、エルの抱きつきから離れようとする。
 しかしそれがいけなかったのか、いや離れなければいけなかった。だからこれは不可抗力。
 ふにゅ。
「へ?」
 やわらかい感覚が僕の手全体に伝わってくる。
 まるでマシュマロを掴んだかのような感覚。
 広げた手の中におさまるかおさまらないかの瀬戸際の大きさ。
 そして中指の付け根辺りに当たる突起物。
 それは、エルが下着を着けていなかったことを表していた。
「んぅ……」
 なんて可愛い声をエルは出す。
 よく啓司に艶かしい声とは云々言われるけれど、これなのか。
 ってことは、だ。
「む、ね?」

「あっちゃん!?」

 さて、シンキングタイム。
 状況はエルの胸を触っている僕。
 寝ているエル。
 その現場に焦りながら入ってきた留美。
 皆様、どうか僕を助けるために考えてください。
 








はい、修羅場直前ー。むしろ修羅場?
予定よりかなり文長め。多分色々と質問にかけたのが多いのでしょう、ええ、きっとそうに違いない。
そしてお決まりの展開。お約束ですよねー。胸触り(そうか?
つか胸の表現なんて書けるわけないよっ!(なら書くなよ
ちなみにセイレーン定義は滅茶苦茶です。人魚姫を根底から覆してしまいました。うばー。
さて次はとうとうエル嬢と留美っちの直接対決。修羅場本番かっ。
あっちゃんは何も言うことが出来なくなります。だって主導権エル嬢ですから。
それに反発する留美っち。

「私のほうがあっちゃん好きだもん!」
「わたしなんて、アツシに下半身見られたんだよー。胸揉まれたし」

こんなんありません、多分(マテ
つか揉んでない。

邪眼の姉妹については何も言わないということで。
つか留美っち台詞「あっちゃん」割合高ッ。


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