それは突然のことだった。


「シロウ。商店街のほうへ行きましょう」


「―――は?」
 一瞬、セイバーの言葉に耳を疑った。
 何せあのセイバーだ。サーヴァント中最強を語っても過言ではない騎士のサーヴァント、セイバー。
 聖杯戦争を勝ち残るために呼び出された英霊。そんな彼女が突然身を危険に晒すようなことを言い出したのだ。
 いや、俺も無駄に身を危険に晒すような真似ばかりしているが。
「は? ではありません。私は商店街へ行きましょうといいました。二度は言いません」
 正座を崩さず片目だけで俺に非があるように視線を注いでくる。
 確かに今日も今日とてセイバーの腹の音で午前の定番となる稽古は終わったので、遠坂が帰ってくるまで時間はあるのだが。
「いや、セイバー。いきなりで理解できない。ちゃんと説明してくれ」
「…………」
 うっ、なんか凄い目付きで睨まれてる。遠坂に似てきてるんじゃないか?
 そういえば遠坂とセイバーは元が似ている気がする。ほら、委員長体質というのか。
 溜息。
「いえ。確かに説明不足でした。私は今日は外でお昼を頂こうという案を提示したまでです」
「それこそ理解不能だ。セイバーは今まで『昼も油断するな』みたいなことを言っていただろ。それが何でまた」
 セイバーはまた睨んだかと思うと顔を伏せて頬を赤らめ始めた。耳を澄ますと何やらぶつぶつ言っている。
 しかもその言葉を重ねるにつれて更に紅潮してきている。だが、そこは英雄たる振る舞い。呼吸一つでいつもの凛とすました姿に戻る。


「簡単なことです。私がどら焼きを再び食べたいと思ったからです」


「えっと」
「私はマスターからの魔力供給を受けていない。ならば睡眠を行い無駄な魔力消費をカットすべきなのですが、外部からの栄養補給も少なからず体力面・精神面の回復に当たる。 間違って解釈して欲しくないのですが、シロウの作る料理は美味しいですし満足しています。しかし、私はまだ知らぬ食材がこの現代にあることを知りました。ならばそれを記憶しておくのもいいことでしょう。 現代の生活に慣れるべきだと言ったのは他でもない、シロウ、貴方ですよ」
 つまり。
「三個じゃ足りなかったか」
 成程。先日、無理に彼女の食事を止めたときの恨めしそうな表情はそれが理由か。
 あれは仕方ないだろう。何せ、桜がひやひやしながらお前の食いっぷりを見ていたんだから。誰かが止めなきゃ桜の分がなくなってた。
「ち、違います! それとこれとは話が別。私は単にもう一度食べてみたいと思っただけです!」
 怒っているようだが正座をしているため、逆に可愛らしさが生まれてくる。
「聞けばあれは商店街の方にあるとのこと。なら、昼を取ると同時に購入すればいいことかと」
「といっても、昼飯代も菓子代も俺払いなんだけどな」
 しかも同居人が出来てエンゲル係数が増えてきそうな勢い。これまたよく食べる人間(セイバーは英霊なので人間に加算していいのか)が揃っているため懐はゆっくりと寒くなりつつある。
「男たるもの、そういったことで弱音を吐いてどうするのです」
 歴戦を繰り広げてきた騎士の台詞はかなり重いもので、説得力がある。彼女がまだ何の英雄かはわからないが、その態度でどれほどのものかは把握出来ているつもりだ。
 ならばここでの立場は彼女に分がある。武でも口でも勝てる見込みが無いのなら素直に従った方が身のためでもある。幸い、まだ金には余裕がある。今は今のことだけを考えよう。
「……りょーかい。それじゃ、十分後玄関に集合ってことで」
 降参の意を表しながら微かに溜息混じりで答える。
 その態度にセイバーは眉を顰めたが、偽りがないことを察すると頷いて了承した。


 シャワーで軽く汗を流した後、セイバーと合流。一路商店街へ。
 昼食は近くのカフェテリアで済ませた。平日の昼ともあって若干客足はあったが、新都に比べれば賑わいを見せない我が深山町。この店が混むことは当分無い。
「しかしそんなに美味かったのか。あのどら焼き。桜も好きみたいなんだがどの辺りがいいんだ?」
 注文したランチセットにフォークを突き刺しながら、話題を振ってみる。セイバーも俺同様、食事の際は何も喋らないので残るのは店内のBGMぐらいなのだ。
 別に困ることは無いが、気にはなったので訊いてみる。
 考えてみれば食事の際にお菓子の話をするのは変だな。
 俺と同じランチセットを注文していた彼女は、口に入っていたものをゆっくり噛み砕き、飲み込んでから質問に答えた。
「そうですね。他のものを食べたことがないので何とも言えないのですが、あの――アンコと呼ばれるものとパンとの融合性でしょうか」
「融合性」
 これまた細かいところだ。
「パンの柔軟さとアンコの質。そのどちらも劣ることなく口の中で広がるのです。どちらが欠けてもいけない。二つが重なってこそあのような美味な味わいを堪能させるのです。それに一個の大きさも魅力ですね。大き過ぎず小さ過ぎず。また食べたくなるような大きさで統一しているのが評価するべき点でしょう。……シロウは何も感じないのですか?」
 今、その時点で口の中が餡子になってきた。
 しかし、舌がグルメになりつつある――彼女は全身全霊を以って否定するが――セイバーがそれほどにして褒めるものなのだろうから、トンデモナイのだろう。
 ふと、セイバーの顔が綻んでいることに気付く。本当に楽しそうに食事をしていて、会話も流暢に流れていく。
 初見の人が見れば気付くことは無いだろうが、これでも数日間彼女と付かず離れずの関係である俺からしてみればそういった細かい表情の変化にまで気付くようになった。
 何故かそれが無性に嬉しくて喉を鳴らす。
「……? シロウ、どうかしましたか?」
「ん。いや。やっぱりセイバーも女の子なんだなってな。やっぱり興味あることには態度も変わる」
 な、と短く声を上げるとそこが店内ということに気付き、素直になったかと思うと痛い視線を俺にぶつけてくる。
 うん。これほど素直な表現をしてると本当に女の子って感じがする。
 小さく溜息が漏れ、「シロウは何事も無関心に発言しすぎます。いずれ敵を作る」とこれまた小さな声で忠告してきた。
 ―――敵も何も聖杯戦争の真っ只中で敵だらけなわけだが。
「けど事実だろ。俺はセイバーのことはサーヴァントとしてじゃなくて一人の女の子として考えてるし、前に言った女の子は戦っちゃいけないという精神も変わらない。ずっと変えないつもりだ」
 場違いな発言だろうが、セイバーも自分の台詞がそれに繋がることを理解していたようで静かに目を細める。
「やはりシロウは甘すぎる。これも繰り返しになりますがサーヴァントは戦うもの。貴方のそのような思考は敵以前に死を意味します」
「わかってる。重々わかってるつもりだ」
「いえ、わかってません。剣を持たずに安穏とした暮らしをしていたシロウに戦々恐々とした世界はわかるはずもない。老若男女問わず戦場に狩り出された時代を知らぬ貴方には―――」
「わからない。それはわからない。だけど目の前で傷ついている女の子を守ろうという精神はいけないことか」
「だから私をそのような範囲指定をして欲しくない。私は貴方の剣で、盾なのです。―――繰り返しですね、これでは」
 もう言うことはない、とでも言うように再び食事を進める。
 だけど、それは――――。
「―――しかし」
 と。
「今の時間だけはサーヴァントとしてではなく、セイバーとしていることにしましょう」
 彼女は俯きながらそう答えた。


 あれから会話という会話はなく食事を済ませた俺たちは、夕飯の買出しもそこそこに元々の目的である和菓子屋に辿り着いた。
 創業何年かは不明だがそれなりの老舗(支店だが)らしく、味は今尚引き継がれている――とお決まりの台詞はここまでにして。
「シロウ。色々ありますが、和菓子というものにも種類あるのですか?」
 どうやらセイバーは本当に和菓子には疎いようで、興味深そうに辺りを見回していた。
 既にカウンターには店員であろう中年女性が笑みを耐えることなく、俺たちのほうを見ていた。妙にニヤニヤしているのは気のせいか。
 セイバーはそんなことを意にも介せず、周りにある和菓子の品々に目を光らせている。
「そうだな。饅頭や煎餅に至っては構造や中身を変えれば様々なものになるし、どら焼きだって確か色んな形があったはずだ。詳しいところまでは熟知していないけど」
「ふむ。これは興味深いものばかりですね」
 頷きながらうろうろと歩き回り、時に足を止め見入っている。
 ところでセイバーさん。まさかどら焼き以外のものも買おうとしてませんよね?
 まあ、放浪している彼女は放っておいて目当てのものを先に買っておこう。
「?」
 ふと思い返してみれば――――最近、同じことをしたような気が。
 確かめようにもどうも自分の記憶が不明瞭で、それが本当に最近なのかどうかが疑わしい。誰かに尋ねようにも大抵買い物は一人で済ますので桜にも、ここにいるセイバーにもわからないだろう。
 思考は店員の大きな声で遮られた。どうやら考えている内にカウンターまで来てしまったらしい。もうこうなれば何もしないわけにはいかず、目当てのどら焼きを六個頼んだ。ありがとうございます、とにこやかな笑みを崩すことなくいつも通り袋詰めにして入れてくれる。聞くと出来上がったばかりらしく少しは温かいだろうということ。
 お金を払って、品物を受け取る。そんないつも通りの風景の中に、彼女は少し逸脱した空気を放っていた。
「セイバー」
「…………」
 どうやらこちらの声が聴こえないほどに、周辺を注視しているらしかった。
「セイバー」
「…………」
「セイバー?」
「……あ、はい。どうしました、シロウ」
 どうして疑問系で振り返るかはこの際放っておいて。
「何か欲しいものがあったか? 少しくらい興味を引いたなら買うけど」
「いえ。これ以上、シロウの手を煩わせるわけには―――それで」
「うん。買った」
 袋詰めにされた品物を目の前に翳すと「そうですか」とふっと微笑んで頷いた。
 くるっと向きを玄関のほうに変えて、首だけを俺のほうに向ける。どうやら本当にどら焼きだけが目的だったようだ。
 彼女の行動の意味を訊くまでもなく、玄関へと向かう。自動ドアのため勝手に開くのは現代技術の影響、というよりも当たり前と化している。日本の情緒はどこにいったのだろうか。
 ありがとうございました、と相変わらず大きな声の店員に送られて店を出る。視界の端にセイバーが深深と礼をしているのを確認して。


 ―――あ。
 思い出した。
「そういえば、二日前に買いに来た」
 今にして思えばなんて金の無駄遣いをしたと思う、何せ最近と言っても本当に最近だったのだ。忘れることが半端じゃない、たった二日前の出来事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「セイバー。すまん、家に買い置きがあったんだ。二日前に買ってきたのをすっかり忘れてた」
 思いもよらない自分の失態に手で顔を覆って恥じる。
 その行動にセイバーは目を見開かせる。うわ、無駄な行動をしたことを怒るか。
 しかし、そんなことはなく、セイバーは頬を紅潮させて首を振る。
「―――いえ、私もマスターに嘘を吐いていたようなものですから」
 え、と言葉をかける前に彼女の頬は更に紅くなる。挙句の果てに指まで絡めだした。その態度に何が何だかわからず、頭が困惑している。
 セイバーが嘘を吐いている、いや吐いているようなものと言った。それはわかる。
 しかし、それが何を表すのかがまったくわからない。
 足を止めて俯くセイバー。遅れて歩みを止め、振り返る。
「食べたんです」
「は」
「シロウの家の冷蔵庫に入っていたどら焼き―――食べてしまったんです」
 もう爆発寸前とまでに紅潮するセイバーを見て、思わず吹き出してしまった。
「なっ! それほどおかしいことですか!」
 睨み付けるその表情もやけに可愛くて笑いが止まらない。
 頭の中にはセイバーが懸命に冷蔵庫を漁り、見つけ、居間でゆったりと茶を飲みながら過ごしている姿が思い出され、それがやけに彼女に似合っているので微笑ましい。
「い、いや。別におかしくないって」
 にやけた顔は戻っていないらしく、セイバーの視線は未だに痛いものだ。
「別にいいって。セイバーは家族なんだから冷蔵庫は勝手に使ってもいい。どら焼きだって何個食べたっていいさ」
 それが数日間だろうが彼女は自分の大切な家族だ。家族に強制はしないし束縛もしない。頼みがあれば引き受けるし、弱音だって吐いてもいい。
 彼女も徐々にこの生活に慣れているのだろうが、あと一歩のところが踏み出せないでいるのだ。
 もっと、自分の意思をもっていいと思う。
「でも、なんで俺を誘ってまで買いに行こうと思ったんだ? 俺に言ってもらえればいつでも―――」
「あ、いえ、そういうわけではなく」
 思い出したようにまごつく。
 不思議がるとセイバーは幾度か深呼吸をした後
「シロウと食べるのと一人で食べるのとは違う感じがしたので、それを確かめたかったのです」
 ―――――。
「し、シロウと桜と食べたときは大変美味しく感じられたのです。しかし断りも入れず食べてしまったときは何と言うのでしょう確かに美味しかったのですが妙に味気がなかった気がしたのです。た、単にそれが勘違いなのかどうかを確かめたかっただけなのです。いえ、勘違いのはずなのです」
 早く捲くし立てると「失礼しました!」とスタスタ早歩きで俺の横を通り過ぎていく。
 なんだ。
「セイバー」
 微笑ましいことなんて、ないじゃないか。
 袋から一個取り出し、彼女が振り返る前に放り投げる。
「はい? ―――っと」
 弧を描いたそれはセイバーの瞬発力のお蔭か、きちんと彼女の手の中におさまる。
 ぽかんとした顔をしている彼女は、サーヴァントでもなんでもなく。
「確かめたかったんだろ? なら、一緒に食べよう」
 自分も袋から取り出して彼女に見せる。
 それをゆっくり時間をかけて理解した彼女は、おずおずと俺への視線を向けてくる。
「い、いいのですか?」
「いいもなにも、そのためにセイバーは俺と来たんだろ。折角出来立てで温かいんだ。早く食べないと損だろ」
 一齧りしながらセイバーへ歩み寄る。隣まで来るとセイバーも慌てて俺と歩を合わせながら一つ、口へと含む。

 夢で見た彼女。
 その姿はいつも孤独で孤高。
 誰一人として彼女を認めるものがおらず、誰一人として傍にいつもいようとは思わず。
 その姿はいつも静寂で冷静。
 だから、彼女は誰かといないことに慣れていた。
 なら今は――――――。

「どう?」
 よく噛み締めているセイバーに尋ねてみる。すぐには答えず、ふっと空を見上げその気持ちを再確認する。
 飲み込んだ後、彼女の表情は――――微笑んでいた。
 柔らかく微笑んで、自分の胸に手を当てて俺の目を受け止める。
「ええ。やはり違います。シロウと食べると、この辺りが温かくなって、それが更に美味しく感じられます」
 その優しい笑顔が、彼女を女の子へと導いている。

 なら今は、誰かと一緒に居なければ彼女は生きていられないのではないだろうか。
 兎のように。道に迷った兎のように。
 そうしたのは一体誰か。
 答えは決まっている。
 ならば、ならば、その道を照らしてあげなければ。
 何があっても、彼女だけは守らなければ。

「うん。俺もその顔が見られただけで満足だ。セイバーの大食漢も役に立つことはあるんだな」
「ッ! て、撤回を要求します。私は大飯喰らいなどではありません! それと、シロウは一言余計です!」
 声を荒げるセイバーを尻目に、また一口運ぶ。
 その味は確かに、一人で食べるより美味しかった。
 それはあの店の味が、というわけではない。
 セイバーという名のサーヴァント―――いや、少女がいてこそこの味は違うのだろう。

 それほど、自分は彼女に惹かれているのだ。

「シロウ! 聞いているのですか!」

 だから、俺は彼女を守ろう。
 何があっても彼女だけは。

「聞いてる」

 そして、最後は―――――。

「セイバーはそうした顔が可愛いんだ」
















−あとがき−
雰囲気的に桜ルートを齧りながらセイバールートへ行った感じ。
未だキャラの性格言動が掴みきれていない実験作。展開もどこかにありそうな。
…………すいません、出直してきます。

†戻る†


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