問題提示.
ふとしたら死んでいた。けど生きていると言われる。どっちが現実?
「死んでいたのに生きていた?」
ひとやくん――今樫一八――は私の言葉を聞くなり、呆れた顔で返してくる。
当たり前ですよね、突然矛盾していたことを言ってしまったのですから。
あ、申し遅れました。私、彼方遙と申します。目の前にいるひとやくんの、えっと、恋人、という関係にあります。
毎日昼休みは二人揃って屋上で私の作ったお弁当を食べるのが日課になっていて、今日も一緒に食べていたときのことです。
ひとやくんは呆れた顔のまま、頭を掻き、溜息まで吐く始末。
「遙。順序良く言ってくれ。それだけじゃ要領を得れないぞ」
「あ、も、申し訳ありません。えっとですね―――」
目を瞑って、その日の出来事を思い出していく。
その日はたまたま電車で遠出をする用事があり、駅のホームに立っていました。
日曜の午後ともあってか、田舎のこの町にもホームに人の姿が。温かい日差しの太陽南中高度の頃です。
手を翳しながらホームに立っていると、目の前の女の子が少し挙動不審でした。一見すると何もなさそうですが、よくよく見ると、といったところ。
不思議がっていると駅のアナウンスがホーム全体に行き渡る。
『一番ホームより電車が参ります。黄色い線の内側にお下がりください』
無機質で気怠けな声が耳に伝わってくる。駅員は毎日の通過儀礼を着実にこなしていっている。今日も何事もないと思いながら。
視線を横に向けると上り線の電車が見えてきました。
ホームに出てきた駅員は指差しで周りを確認します。その姿はきびきびしていたので、多分新しく入ってきた人だと思います。年齢は私よりやや年上といったところ。
そして、その駅員が確認するために後ろを向いた瞬間でした。
―――目の前の女の子が飛び降りたのは。
それはスローモーションビデオを見るかのようでした。私は呆気にとられてその姿を眺めるだけ。その子の落ちていく姿を呆然と立ち尽くして見ているだけ。
声を上げる間もなく彼女は落下。まるでビルの屋上からの飛び降り自殺のように綺麗な姿で落ちていく。
彼女の素早さには驚きました。横目で駅員を確認して、即座に飛び出したのです。
周りにいた人たちも一体何が起きたのか理解することが出来ず、咄嗟に彼女の姿を見ていました。
気がついたときには、ホームは悲鳴が響いていて、駅員も目を見開かせて走り出しました。
「ストップだ。遙」
「え?」
そこまで話したところでひとやくんは止めた。
「話はもう理解できた。そこで死んでいたと思っていた少女が後で生きていたのがわかったということだろう?」
「そ、そうなんです。よくわかりましたね」
「わからないとでもいうのか。しかし、その問題は簡単すぎるな。……遙、お前は電車によく乗る方か?」
「え。えっと……あまり乗りませんね。この町からあまり出ないほうなので」
「そうだろうな。でなければあの仕組みは観察できないからな」
納得したようにお弁当箱から玉子焼きを一つまみ。無表情で頬張る。
どうやらひとやくんにはわかったようです。けど、私にはまだ何が何やら理解できていません。
それが不思議でならなくて私は今日、ひとやくんに訊きたかったのですから。
「遙。これは駅をよく観察しておくことが解決への糸となる。テレビやアニメでも良く使われていることだ。記憶を読み返せば小学生でも簡単に解ける問題だ」
「それは私が小学生以下の知識の持ち主というわけですか?」
ちょっぴり腹が立った。別に小学生を卑下するわけではないですけど、暗にそう言われているような気がしたからです。
ひとやくんは少し驚いた顔をして、お箸を持っていない左手で手を振る。
「ああ、いや。これは駅を観察しているという前提があってのことだからな。事前知識があれば小学生でも解けるといった例えだ。……そうだな、遙。金と時間に余裕があるなら後で入場券を買って駅内を散策してみろ。駅員に訊いてもいい。答えはすぐ見つかる」
そう言うと、ひとやくんは食事を再開。まるで何事もなかったかのように。
こうやって人が問題を抱えているのにヒントも与えない姿。自分の問題は自分で解決せよと表情で伝えている姿。
―――なんて、かっこいいんだろう。
「わかりました。なんとか解いてみせます」
そうと決まれば、お腹を満たすことにしましょう。腹が減ってはなんとやら、です。
「しかし、どうやって“通し続けれた”? ま、オレには関係のないことか」
そんな言葉を聞きながら、あとは至って普通の世間話をしながら昼休みを終えた。