イマイチをゆけ!



 /prologue.



 私立倖代学園七不思議

 一、
 近づくなかれ。近づくなかれ。
 水が数多溢れる土地を丑三つ時に訪れるなかれ。赤子の喚声が耳朶に響く。
 其即ち嬰児ですら非ず。この世に生を授けられなかった赤子の泣声。
 近づくなかれ。近づくなかれ。
 赤子は母を求めて泣き叫ぶ。
 もし近づこうものならば、
 女で在らざる者は捕って喰われ、女で在る者は抱き憑かれる。
 近づくなかれ。近づくなかれ。


*  *  *

 近づいてしまった。
 知らなかったわけではない。もともと娯楽の少ない学園生活。怪談話など、学園に入るとすぐに話題に上って、クラスに花を咲かせる格好の材料となる。学園内でその存在を一片も知らない人間など、いるはずもなかった。
 その内容がまた興味を惹かれる。小学部や中学部のものと比べるとやけに現実味を帯びているのだ。
 例えば、中絶した子供や屈折した愛情、三角関係。
 まるで今の日本の現状を見ているかのように題材が目新しい。
 もちろんそれを全て信じているわけではない。所詮、怪談。噂話にしかすぎない。話を現代の風潮に合わせて作り変えた可能性も否定出来ないのだ。
 古典文学を読んで、頭が痛くなるのと同様に、やはり何事も時代の流れに併せていかねば見向きもされないだろう。
 そういう意味では、此度の改訂版――と思われる――七不思議は見事だ。
 何故なら、今まさに、怪談の警告に背いてその場に立ち会っているのだから。
 七不思議のひとつに挙げられている土地、屋外プールに。
 夜中ということも重なり、人の姿はない。いや、元々この屋外プールは校舎から離れているので、必要時以外は誰も近づこうとはしない。
 しかも今は夏休み真っ只中。水泳部以外に誰も使う者はおらず、また水泳部も夜中とあればいなくなるのは当然のこと。
 それにしても静か。静か過ぎる。
 誰も校内にいないにしても、あまりにも静か過ぎるのではないか。
 微かに聞こえるのは風の音と、それに揺らめく木々や波の音。
 それだけを聞くと、脳裏に浮かぶのは月夜にたたずむ美しい風景。光が波に反射して、あたしを照らしてくれている情景が思い浮かばれるだろう。
 しかし、現実はまったく違う。
 目の前に展開されているのは、まったくもって正反対。
 光より闇が強く、白より黒が基調になる演劇がそこにある。
 スタート台の上から、あたしは小さな小さな怪談の舞台を見下ろす。
 透き通る青など、そこにはなく。美しさなど、そこにはなく。
 あるのは濁った朱色。本来、排水口から出るはずのない、色。それに鉄錆のような臭いが、水によってある程度はかき消されてはいるものの、微かに漂ってくる。
 血、と呼ばれる液体。
 生きとし生ける者の体内に流れている液体。ほとんど例外なく、同じ色をしている液体。
 生物の生命線とも呼べる重大要素。
 それが、プール一杯に、本来あった水と相重なって溢れている。
 もちろん、これはあたしの血液ではない。
 これほどの量を真っ赤に染め上げるなら、最低、人間一人は必要になる。
 人間一人。そう、人間一人いればなんとかなる。

 人間一人の、全ての血液があれば。

 波紋の中心。プールのほぼ中央に浮かぶ、大きな大きな子供の姿を見る。
 その周囲が他の部分に比べて色合いが濃いのは―――もちろん、そこが発生源だから。言葉通り、血の海の源流がそこにあたるからだ。
 ああ、これが。これが七不思議が一。
 中絶された子供。なるほど、これほど中絶させられた子供もいないだろう。
 自らの夢も、希望も、生命も、何もかも中途に絶たれてしまったのだから。
 さあ、喜べ。救済者よ。
 さあ、歓べ。依頼者よ。
 さあ、悦べ。我が子らよ。




「怪談は我が手により実行されたし! “儀式”はこれにて潰えたり――――!」




 ―――赤き世界の果てに、子供の喚声に似た咆哮が轟いた。










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