3.5
/1
五時間目の授業はなんとか間に合い、オレと遙は無事世界史を受けることになった。
とはいうものの世界史などは頭に入ることはなく、言ってしまえばナポレオンだとかスターリンだとか知ったこっちゃないってことだ。ところで、ナポレオンはナポリタンを作った人だと思ったのはオレだけではないだろう。
とりあえず偉人から学びたいものといえば、即座に寝れる方法と人間の存在価値。そして、
「おー。これが二年生の授業ッスか」
オレの膝の上にちゃっかり座っている橋凪をオレの目の前から消させる方法。
―――思わずここまで連れて来てしまった。
気付いたのは既に授業が始まってしまった後なので、出すにも出せなかった。
まぁ橋凪自身が興味深々に授業を受けているのでよしとする。オレの代わりに頑張れ。
膝の上とあり、こいつの重さが直に伝わってくるが橋凪を持ち上げたときの軽さから考えるとさほど問題ないだろう。
時折、ちらちらとクラスメイトが視線を向けてくるが知ったことではない。
「上下運動はするな。したらお前の命はないと思え」
「新しい命が生まれるッスよー」
なんだ、このエロ会話。
小学生に戻らせて道徳の授業を一からやらせてやろうか。こいつの背と性格だ。バレることはあるまい。
しかし残念なことに今は世界史だ。戦争が何をもたらしたかわからないが、ともかくオレに安泰な人生を送らせてくれ。
「ではでは。ナポレオンの偉大な言葉に『我輩の辞書に―――はない』というのがあります。さて、何が入ると思いますか? はい、そこの橋凪渚さん」
指名されやがった。
そういえばこの先生、一年と二年を掛け持ちしていたんだったか。
三年を担当しないというのには何か理由があるのだろうか。
衣装が派手だとか、若々しすぎるとか。時折美少女に頬擦りするとか。
確かにそれでは受験生の妨げになるな。侮れん、世界史。
橋凪は指名されたのに半ば驚いたが、ニヤニヤと奇妙な笑みを浮かべて立ち上がった。もちろん、オレの膝の上。
「『我輩は猫である』」
「夏目漱石かよ」
「『我輩は井上トロである』ッスか?」
「猫つながりで連想するな」
辞書どこいった。
しかも自信満々に答えてたよ、こいつ。
どうやらツッコミ役はオレだけだったらしく、他の生徒はまるで化け物を見るような目つきでこちらを見ていた。
悠然と構えていた生徒のほうが少ないだろう。見渡しただけで遙と宙と喜美野ぐらいだ。
だが先生は何やら悦に入っていらっしゃっていて、橋凪を頬を染めて見ていた。怖ぇ。
とりあえず橋凪を遙に預けて事なきを得た。
そう思え。
「ひとやくん、渚ちゃんと仲が良すぎです」
どうやら嫉妬を買ってしまったようだ。
放課後への時間の経過が、地獄への階段に感じた。
/2
授業が終わり「まだ先輩方の授業を受けるッスよ!」とごねる橋凪を宙が、「橋凪ちゃぁ〜ん」とまるで生き別れる親子のような演技をかます世界史の教師を喜美野が相手の襟元を掴み、引き摺りながら外へ連れ出した。
ようやく安穏とした学校生活が送れるというものだ。
―――後ろの殺気を除いては。
「じ〜っ」
「…………」
で、どうしたらいいんだよ。オレは。
このまま放課後までこの痛い視線を浴びながら授業を受けろってか。全然安穏じゃねぇよ。
一難去って又一難とはまさにこのことだ。直に身をもって感じさせてもらっている。
溜息を吐きつつ、オレは面倒だが後ろを振り返る。
「遙」
「ひとやくんが渚ちゃんとばっかり遊んでいるからいけないのです」
「いきなりだな」
おたふく風邪にでもかかったように頬を膨らまして、じっと睨みつけてくるが、全然気迫というものが感じられることがなくむしろ橋凪曰く『可愛さ爆発』ってヤツだ。
考えれば今日はあまり遙に構っていない気がするな。もっとも橋凪のヤツが五月蝿く付きまとってくるのが元凶ではあるのだが。つまり全て橋凪が悪い。
弁解しても遙は許してくれる気配など見せず、胸元を押さえながら顔を伏せる。
「わ、私はひとやくんの恋人さんですから! 嫉妬くらいはするのです!」
いや、よくわからん。特に遙の性格。
こう、いつもはしっかりしているのに、どうしてオレと面を向かい合ってこういう雰囲気になると焦り始めるのやら。
確かに恥ずかしさってのはあるが。ここまで動揺するものなのか。
オレはとりあえず「はぁ」と曖昧に答えておいた。
「恋人さんの前ではそんな他の女の子と楽しげにしてはいけません!」
最後には耳まで真っ赤にして吼えた。
にしても、あれが楽しそうに見えたのか。少なくともオレは楽しそうな顔をしていなかったと思うのだが。
もしかしたら先程の御酉との会合も、もしかしたら傍から見て嫉妬ぶっていたかもしれんな。
しかし考えれば考えるほど、遙に構ってやらなかったのは悪い気がする。
彼女のいうとおり、オレと遙は一言で片付けてしまえば恋人なのだから。
女の嫉妬は怖いと心の奥底に詰め込んでおこう。特に遙の、という最重要条件つき。
溜息。
「遙」
「はいっ! すいませんっ!」
何かしたか、オレ。
「放課後、予定空けとけ。どこか行きたいところへ連れてってやる」
遙の表情が固まる。
だが徐々に柔らかくなっていって、緊張の顔が歓喜の色へと。
そう変わっていくのを察してか、頬を叩き気を引き締めにかかる。
だが胸の鼓動はどうにも止められないらしく表情はやや硬い。
「そ、そうやって、物で釣ろうなんて考えていませんよね?」
「オレが物で人の興味を煽るヤツだと思ったのか、お前は」
遙の脳も探ってみる必要があるだろうか、いや、勿論やる気などないが。
そこでタイミング悪く授業開始の予鈴が鳴る。全然休める時間じゃなかったな。
パラパラと人が戻っていくのを確認すると、オレも次の授業の用意をするため前を振り返ろうとする。
「そのへんのこともあわせて、後で話し合う。極意」
「『相手の出方を直視し、自分を繰り出せ』、です」
「流石だ」
「約束しました。決して忘れないでくださいね。ひとやくんは時折忘れやすいですから」
会話が終わったのがちょうど次の授業の教師がドアを開けて入ってきたところだった。
その後も後ろの視線が痛かったのだが、休み時間ほどの比ではなかった。
かくして、放課後は遙と過ごすことになるのだが、やはり予定と実際は上手くいかないというわけで―――
「今樫一八君はいるかしら?」
生徒会長がお目見えした。
ホームルームが終わった直後とあり、その場にいた全員が目を見開いてオレと御酉生徒会長を交互に見た。
どういうことだ。イマイチは彼方遙と付き合っているんじゃないのか。三股。遙ちゃんかわいそう。一人勝ちかよ。って、よく見たら生徒会長じゃん。どういう繋がりが。もしかして修羅場か。よし、どちらがあいつの恋人に相応しいか賭けをしよう。遙嬢。生徒会長。なぎーちゃん。男子、賭けするなっ。
いろんな声が教室中を包み込む。とりあえず、イマイチと呼んだヤツはあとでシメる。
後ろから殺気染みたものが感じられたので「約束は守る」と一言告げて、御酉の元へ向かう。
御酉は腰に手を当て、仁王立ちの格好で教室の前を立ち往生していた。
着くと、オレを一瞥するなり鼻で笑いやがった。気味悪ぃ。
「なんだ。呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん、などと言ってほしいのならまずクシャミをすることだな」
「もう言ってるじゃないの」
さらりと伸びた髪を撫で、形を解くと、後ろに向きを変えた。
「ついてきなさい」
一瞬、ここでずっといてやろうかと作戦を練ったが馬鹿なことをやっていると返って遙の機嫌を損ねかねない。
はっきりいって面倒だが、仕方ないので従うことにした。
担任が何かを言った気がするが、どうやら遙が止めてくれたようだ。
ついでに視界の端っこに橋凪の姿が見えたがこちらは見なかったことにしておく。
/3
途中、遙と同様に御酉を見るなり礼をしてくる生徒がかなりいた。
だが遙と段違いに違うのが、彼女に礼する際に感じられる空気であろう。
遙に対する対応というのは友達感覚で気軽に礼をしている風に感じられる。
逆に御酉生徒会長に礼をする時の生徒の空気は、上から押さえつけられているような雰囲気。
圧迫感といえばいいのだろうか。
ともかく白と黒ぐらい彼女たちには差がある。それで十分だった。
それだけでどちらが好かれているのかなど、一目瞭然だ。
結局のところ、生徒を第一に考えているというのは好感度を上げておく、気紛れな行為なのだろう。
―――人間なんてくだらなすぎて、イマイチすぎる。
オレにしては大人しく黙って御酉に着いて行くと、やはりというべきか、着いた先は生徒会室だった。
もちろん、そんな場所はオレには無関係であり、ここに来るのは初めてだ。
生徒会室はオレたちの教室がある教室棟とは渡り廊下で渡った先にある職員棟の中にある。
しかも最上階とあり、若干ではあるが見晴らしはいい。
廊下を渡っている際に外を眺めると、結構緑が多いことに驚いたほどだ。
ビバ、田舎。
「今日は誰も来ないから。ゆっくりして、どこにでも座りなさい」
なんで偉そうなんだあんたは、って偉いのか。
中に入って更に驚いた。
普通、生徒会室というのは普通の教室を使っているものだと思っていたのだが、一歩踏み出した瞬間そこは理事長室まがいのものだった。
一言で言えば―――ありえねぇだろ、この待遇。
「……何だ、この部屋」
「生徒会室。見ればわかるでしょ」
わからんから言っているんだが。
どうせ言っても無駄だろうから、大人しく近くにあった黒いソファに座ることにする。
一体、どれだけ生徒会に投資してるんだ。うちの学校は。
座り心地といい、見栄えといい、そんじょそこらのソファとは比べ物にならない。
といっても、ソファに座ったことなど今までに両手で数えられる程度だ。
現代日本としては少数派。アブノーマル。こっちの方が有り得ない人間だろう。
軽く辺りを見回してみたが、理事長室というよりも社長室といった方が相応しそうだ。
いかにも剥製とか置いていそうな部屋。会議ではなく交渉をしそうな部屋。
こんなことなら面倒くさくても生徒会に立候補すれば良かったと思わず思ってしまう部屋だ。
だが、オレの意識が「お前には似合わん場所だ」と告げている。自分にも裏切られた気分。
御酉がオレの前のソファに優雅に座り、何やら微笑む。
気持ち悪くて吐き気がした。
「んで、何の用でオレを呼んだ。こんな密室部屋なんかに連れ込んだりして」
気配からしてどこぞのバピョーン娘みたいにエロいことをするつもりはないらしい。
かといって堅苦しい空気というのは好かないので、足を組んだりしてマイペースでいかせてもらうことにする。
どうやら御酉もそれには黙認しているようで何も言ってはこない。
逆に妙な笑みを浮かべてきた。
「そんなに急かすなんて、早く彼方さんに会いたいの? 一見すれば繋がりはないように思えるのに内面では繋がり過ぎているのね、貴方たち」
「んな哲学めいた難しい言い方はやめろ。急かす理由なんて『てめぇの顔を二度と見ないようにするため』だ」
「それでは目を瞑って話す? 目を瞑っている間に私が何をするかわからないけれど」
「したら殺す」
思わず納得しかけたのを途中で止める。
多分、こいつサドだ。いやなんとなく。
「冗談よ。手のついた男に触れることなんてしないし。ましてや嫉妬されるような行為ばかりする男は更に、ね」
「遙の嫉妬は口が物を言っているからな。情報元は片梨あたりか」
「あの情報通さんじゃなくても広まるわよ。いい、今樫君。『女はいつでも恋愛事情には長けている』。見破るのは大得意なのよ」
まぁオレは恋愛には疎いから、というか興味なかったしな。実際。
彼方遙という人物に出会うまでは。
「まぁ貴方の行動よ。自分でなんとか彼方さんのご機嫌をとることね。犬の如く」
なんか久しぶりにオレの口癖を聞いた気分。
「で、話を元に戻して。どうして貴方を呼んだのか」
「意外に長かったな。前振りが」
文章量としてはそれほどだろう。
時間にしては微妙だが。
「それもこれも貴方の立場が面白いからでしょう? ……こんなこといったらまた延びそうだから、率直に訊くわね」
笑みを消し、真剣な顔になる。
だがその奥にある悲しみは隠しきれていない。
恐怖。畏怖。混沌。没落。陥落。失神。
さぁ、恐れをなすのはこれからだ。
「貴方は既に犯人がわかっているんじゃない?」
「……面白い質問だな」
「そうかしら。私としてはかなり真面目な質問をしているのだけれど」
「その質問が真面目か。オレが犯人を知っている、それは事件解決を言っているのか」
「もしかしなくてももしかしなくてもそのつもり。それで、貴方の答えは」
真剣な目つきでこちらを睨みつけてくる。
それは先程の笑みとは打って変わって、方向性も全く違う、彼女の素顔だった。
表裏も関係なく自分のあるがままを曝け出した顔。自分の本心を出した顔。そう、これが今の御酉の心境なのだ。
だが、だが。
そんな顔でオレが怯むとでも思っているのだろうか。女の涙と怒りが全ての男を屈する効果があると思っているのか。
涙など大抵嘘っぱち。怒りなど相手に振り向いて欲しいが為の手段だ。
そんな弱さを含みまくった表情にオレは屈したりしない。するのはこの世で数人だ。
御酉那乃羽の名前はそこには刻み込まれていない。
だから。答えは最初から決まっている。
犯人がわかっていようとも、わかっていなくても。
「事件が起きていないのに犯人がわかるか。くだらないことをぬかす。お前はオレに何を求めているんだ。助力。協力。救出。手配。護衛。介入。懐柔。オレは巷で広がっているような高校生探偵なんぞじゃない。てめぇを助ける理由は、最初から、存在、しない」
最後の部分は強調するように区切って言ってやった。
「犯人がわかるといったな。ならばオレは何者だ。超能力者か、未来視か、占い師か、予言者か。―――まさか高校生探偵なんぞというんじゃないだろうな」
これはイマイチすぎるだろ、いくらなんでも。
ご都合主義に知能指数が高いとでも思っているのか。人類皆兄弟で助けるとでも思っているのか。
戯言だ。戯言。史上最強の、馬鹿台詞だ。
「オレはてめぇが死んでも泣きやしない。心が痛みもしない。とりあえずお前に感じる感情は―――――」
ソファから立ち上がる。結局最後までお茶も出さなかったな。こっちが来客だというのに。
どうやら御酉はオレを止めるつもりはないようで立ち上がっても視線を送るだけであった。
それはこの行動を理解できていたということだろうか。たった一回の邂逅だというのに、たった一回でオレのことを理解したとでもいうのだろうか。
ならばそれは間違いだ。最後の最後でミスを連続している。
生徒会長というのも、どうやらちゃんとした人間らしく、欲望と地位によって思考が鈍るらしい。
だから考え方を間違える。だから恨みを買う。だから、死を望まれる。
「無だ」
無感情。オレが御酉那乃羽に与える感情は無。
死ぬなら勝手に死ね。弔いの言葉も与えない。黙祷も捧げない。
オレと御酉の関係は『脅迫状まがいの紙を御酉那乃羽に手渡した』程度なのだ。
友情なんて存在しない。所詮赤の他人なのだ。そんな相手に何を感じろというのだろうか。
生徒会室を出ようとすると「それじゃあ」と声がかかる。
「貴方は私に何を求めるの? その犯人みたいに死を望む?」
「死、か」
死は何を以って死というのだろうか。
脳死。心臓停止。意識停止。活動停止。
死の先はどこへ行くのだろうか。
天国。地獄。虚無。来世。
まだまだ先のその世界。御酉、お前は言っただろう。『まだ人生先が長い死ぬのはもっと先だ』って。
今更何を怖がっているような態度と台詞を吐いている。お前はその死を受け入れるんだろう。
神様助けて私が悪うございましたこれからは真面目に生きます、とでも言うのだろうか。
神は誰も助けてはくれない。助けるのは自分だけだ。億万といる人間全てを助けていられるか。
世界は平等ではない。神は人間に不平等なのだ。
だから、オレがお前に望むのは。
「オレの知らないところで死ね」
静寂の中、オレは生徒会室を出た。
やはり止める声は聞こえない。元々暇潰し程度に呼びつけたのだろう。最後の最後まで迷惑なヤツだ。
もう二度とここを訪れることのありませんように。
少しだけ神や仏に祈ってみた。叶うわけないけど。
とりあえず、本当に願いたいのは。
―――遙が頬を膨らませて怒っていないことだ。
/4
「結局、御酉さんとは何もなかったんですね」
「しつこい。あの短時間の間に何をどうしようというんだ。あの性悪生徒会長にオレが心動かされると思っていたのか」
「そ、それは…………御酉さんは頭がいいですし、私よりも綺麗と思ってしまって」
そこまで言うと遙は両手の指を行き場をなくしたように動かし始めた。二の句が続かないのだろう。
御酉との会合後、約束通り遙の行きたい場所へ行くことになったのだが、それが此処。団子屋だ。
とはいうもののもう既に遙とは何回も来ているので常連の域になっているだろう。その理由は団子の味もあるが、店の立地条件にも関係している。
都会とは離れたこの町。学校などの経済の要となりそうな建物から外れれば自然と緑が多くなってくる。
それに目をつけたのがこの団子屋である。少し学校から歩くが、見事に古き良き日本を彷彿させる環境に作られている。この町ではちょっとした穴場だ。
喫茶店ではなく団子屋というのが遙らしい。言葉では言わないが。
「綺麗、か。それなら遙は極上に綺麗ということになるな」
「ひ、ひとやくん!」
本音を言ったまでだ。
顔を真っ赤にした遙はその後も騒いでいたが、時間が経つに連れて此処は店の領域だということに気付くと、大きく深呼吸をした。それが本当に心を落ち着かせる要因になるかはこの際置いておこう。
先程の事は忘れ去るようにだろうか、頭を左右に思いっきり振って気を引き締める。この引き締め方もどうかと思うが。結構遙の髪は長いので、左右に振ると髪が顔に当たってかなり痛いだろう。
だがそれを気にする様子もなく、なんとか落ち着いた表情でオレを見てくる。
「それにしても、ひとやくんは本当に災難に見舞われる人なんですね。ご自身だけでなく身内も、ですが」
「それを言うなら、遙、お前もだ。……こちとら一般生徒として日々日常を怠惰に生きていたいというのに、どうやら世界はそれを許してはくれなさそうだな」
「世界は、ですか。でしたら神様は運命を最初から決めていらっしゃるのかもしれませんね。『人生は神の道楽である』。まさにその通りなのかもしれません」
「“巫女”の言うことか、それは」
「“神子”だから言えるんですよ」
遙はやっと微笑んだ。話しているうちに自分の考えていることが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。そう思いたい。
その顔にオレの体もやっと緊迫感から逃れられる。ひしひしと伝わってくる視線はやはり痛かったし、何より苦しかったからだ。
串一つ団子を食べ、その甘味を口の中で堪能した後、抹茶を飲む。甘味と苦味が重なって改めて日本人でよかったと感じる一時である。
その動作を数回繰り返していくと、ふと遙が口を開いた。
「本当にひとやくんは犯人さんがわからなかったのですか?」
その言葉は明らかに何も知らない状態からの質問ではなく、今樫一八という人間を知っているからこその質問だった。
「……人を過剰評価しすぎじゃないか」
「過剰なのか希少なのかはいいです。私は目の前にいる人間を一番理解していると自負しているんです。だから、ひとやくんは、何かを隠しています」
最後は何か言葉を探そうとしていたのだが、上手い表現が見つからなかったのだろう。至って平坦な台詞になってしまった。
それで十分だった。彼方遙の質問は、回答は正解だ。
だから彼方遙は信頼をおける。隣に置いても不快感を感じない。
しかし、彼女に対する回答はまだ出すことは出来ない。何せ、犯罪はまだ起こっていないのだ。
「犯人という言葉は犯罪を起こしてからなるものだからな。果たして結末はどうなるのか、そして、我が学校の対応は」
それが殺人を犯した者の動向に関わってくる。いや、もしかしたらもう既にそのことは考慮に入れているのか。それすらも計画に入っているのか。
だとしたらお笑いだ。全ては向こう側に握られているばかりではないか。計画殺人。果たして本当に上手くいくか。
いくのだろう。向こうはどんな手段を使用しても同じ結末へ向かう。多岐に渡る道筋だが本筋は一緒。終わりは一つ。
殺人を犯す者は、それが出来る。
「学校の対応、ですか?」
理解できないという顔。直にその顔は驚きの顔となるだろう。彼女にはその資格がある。
「密室空間。世間から隔離。学校というのは一種の国家だ。それを証明するのがこれになる」
「御酉那乃羽が死んだ後が――――やっぱイマイチだよな、この事件」
さぁ、準備は完了した。欲望のままに突き進め。
計画殺人の名の下に。不可能犯罪を目指して。
探偵のいない物語。君の勇気に祝杯を。
さて、解決への順路を辿ろう。仕方なく。
「絶対、殺人犯捜しなんぞやらんからな。もう二度と」
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