イマイチをゆけ!



 4.

 そして、二日が経った
 二日。それがオレと御酉が出会ってから経過した時間だ。それを短いととるか長いととるかは人の感性にある。
 その間オレと遙は何の気兼ねもなく学校生活を送っていたし、橋凪も五月蝿く付きまとってきた。まったくいつもと変わらない日常だった。
 それが急に変化を告げたのは二日後。正確に言えば土曜日の昼頃。その日、オレは下駄箱に入っていた紙に従ってあるところへ向かっていた。予測していたイベントだったが改めてこんなことをさせられると溜息が出る。 本来なら遙や宙たちと昼飯を食べに行くのだが、今回はそれを拒否してわざわざ目的地へ、ヤツの思い通りに動いてやることにする。
「人の掌で踊らされるのは嫌いなんだがな。…………今回は付き合ってやる」
 そして辿り着いた先が、生徒会室。あの御酉那乃羽と二日前会合を交わしたあの生徒会室だ。
 下駄箱に入っていた紙の差出人は御酉だった。書いていた内容はくだらないので割愛させてもらう。思い出すだけムシャクシャするので先程紙を丸めて捨ててきたところなのだ。何処に捨ててきたかはもう忘却の彼方。
 では御酉生徒会長とのご対面といこう。ノックはしたほうがいいのか悩んだが、中から微かに匂うことから不要と判断。
 ドアをゆっくりでも素早くでもない、いつも教室の扉を開けるような速度で開ける。
 カーテンはされておらず、南中高度に至った太陽光は直にこの生徒会室に注がれる。眩しいくらいの光に思わず目を細める。徐々に慣れてくるのを感じると、目の前の状況を直視する。
 窓はこの匂いを取り払うためか開けられている。カーテンもそれにあわせて揺れている。どうやら留めてはいないようだ。少し歩くと目の前に黒いソファが現れる。それこそが二日前、御酉那乃羽と会合したソファ、どうみても学校の方針は間違っていると思う高そうなソファである。

 そこに、あのときから動いていないと錯覚してしまうほど穏やかな表情で―――――御酉那乃羽は死んでいた。

 苦しい顔を浮かべるわけでもなく、笑みを浮かべるわけでもなく、ただ穏やかな顔をして彼女は息を引き取っていた。
 本当に死んでいるのかと思ってしまうほど自然体の形で死んでいた。血が床やソファにしみこんでいたり、彼女の胸に穴が開いていなければそう思ってしまうだろう。
 だから、やっぱり死んでいる。
「最後の約束ぐらい守りやがれ」
 知らない場所ではない。ココは、此処こそがオレと御酉がお互いに知っている場所だったのだ。なのに御酉はそれを守らず生徒会室で死んだ。
 元々一方的な約束だったのだが、こんなことなら誓約書でも書かせておくべきだった。まぁ彼女ならば破って捨ててしまうだろう。
 あの、予告状と同じように。
 オレはあの日を再現するように死んだ御酉の前の席――机を挟んだもう一つの大きなソファ――に座って彼女を眺めてみる。逆光で彼女の姿が影となる。何かを思いついたが、くだらなかったのでその考えを破棄する。
「これは、オレに対する挑戦か。それとも嘲笑っているのか」
 死人に口なし。答えはない。
 普通なら死体を見れば叫ぶだろうが、何せ死体など既に何度か見ている。これ以上にグロい死体も見てきている。
 それに比べればこんな死体、驚くに値しない。
 溜息をつきつつ、立ち上がる。とりあえず現場検証は後回しだ。いつ誰が――この場合は生徒会の誰かになるが――生徒会室にやってくるだろう。第一発見者にはなっても、誰かにそれを知られるのはきつい。赤の他人ならば尚更だ。
 時間帯が放課後で良かった。しかも土曜日とあれば必要以上に校内に残るような生徒はいない。しかもこの生徒会室は他の教室とは全くはなれた場所にある。つまり此処に来る者は大抵限られてくるのだ。
 生徒会役員、生徒会顧問教師、そしてオレのような異端者。
「さて、御酉。お前はオレに何を望んでいるんだ?」
 オレはお前に「オレの知らないところで死ね」と望んだ。では御酉、お前は?
 問いかけてみるが当たり前のように答えは返ってこない。返ってきたとしても嫌味ったらしいことを言われてしまうだろう。嫌な笑みを浮かべて。
 とりあえず、他の誰かがこれを発見して学校の対応を待つとしよう。でなければオレは動けない。
 犯人の思い通りにならなければオレは現場検証などは出来もしない。
「殺人犯捜しなんてしねぇからな、オレは」
 もう一度、二日前に言ったことをここで告げた。これが、盟約、契約だ。




 5.

 そしてまた二日後、月曜日になって校内は生徒会長の死という話が朝から持ちきりになった。
 土曜日はあれから学生は大抵いない。日曜日は部活ぐらいしか来ない。つまり必然的に二日、学校内の人間に広がるのは遅くなる。
 話を聴くに、どうやらオレが出てから十分もしない内に御酉の死体は他の者によって見つかったようだ。もちろん、今は誰も知らないことだがオレが第一発見者であって、学生内で広がっている第一発見者は第二発見者である。
「とうとう起きてしまいましたね」
 まだ朝の予鈴が鳴らない時刻、オレより早く来ていた遙はオレが自分の席に着くと同時にそんなことを言い出した。
 何のことかは、言わなくても分かっている。
「“確かに”渡したんだからな。その忠告を聴かなかった御酉がダメなだけだ。遙が悔やむことじゃない」
「えぇ、私もそういうつもりで言葉を強調していたんですが……御酉さんは警察が嫌いだったんでしょうか」
「警察ではなく、世間が嫌いだったんだろう。面白くない日常を作り上げたその世界に」
「それではひとやくんもそうではないのですか?」
「無論だ」
 椅子に深く座り込んで溜息を吐く。窓の外に目を向けると青い空が広がっていた。これで白い鳩などが飛べば御酉那乃羽の死が綺麗に映るだろうか。くだらなかった。
 教室内は依然、生徒会長の突然の死、しかも殺人事件ということで賑やかになっていた。
 誰が殺したんだ。どういう殺され方をしていたんだ。誰か生徒会長に恨みを持っていたヤツはいないのか。どこで殺されていたんだ。
 色々な質問と回答、予測が飛び交っている。教室内は今、誰もが高校生探偵となっていた。漫画の読みすぎだ。
「皆、一生懸命だな。誰もが何かになれる可能性を考える時期を今に感じているんだろう。一大有名人になれる高校生探偵など彼らにとれば憧れでもなんでもない」
 そんなもの、時期が経てば何にもならないというのに。
 振り向くと遙が少し寂しそうな表情をして、オレを見ていた。
「本当にひとやくんは犯人さん捜しをしないのですか?」
 若干、声を潜めて訊いてくる。周りは賑やかなので、そんな弱い声を出さなくてもいいのだが気持ちの問題なのだろう。
 黙っていると、残念そうな顔をして話題を変えようと思考に走る。優しすぎなんだよ、お前は。
「遙」
 とりあえず声をかけてやる。突然の出来事で対応できなかったのは「は、はいっ!?」などといつか聞いた声で返事をした。
「オレは犯人“は”捜さない」
「は、はい。………え?」
「記憶を蘇らせて思い出せ。記憶力が突飛に優れているお前なら思いだせるはずだ。オレは殺人犯捜しはやらないとこの前も言ったはずだ」
 なんか都合のいい言い訳に聞こえるかもしれないが、嘘は言っていない。
 最初から布石は置いていたのだからそれぐらいは予測してもいい具合なのに。それを見破けないようでは探偵なんてやめちまえ。と、遙は何も言ってなかったんだったな。 遙は推理小説派だし。ちなみにオレもあっちの方が好きだったりする。つまるところ。若者よ、活字を読め。
 頭の中で私的格言を述べ終え、遙を見るとどうやら理解したようだった。頷く彼女とそれを見て更に頷くオレ。
「殺害方法は考証する。オレがやるのはそれだけだ」
 それだけを聴くと、遙は微笑んだ。
 だが、それを実行するには駒が一つ必要なのだが―――もうすぐか。
 予鈴、いやこれは本鈴か。いつの間にやらホームルームの時間になっていた。それを見計らったかのように担任教師が入ってきて教卓のところまで歩いていく。
 先程まで推理展開していた者もそれに気がついて急いで自分の席へと向かう。
 担任は教室を一回り見てから、若干強張った表情で、告げた。

「どうやら校内で殺人事件やらが出回っているようだが、そんなもんは嘘だ。お前達は今まで通り勉強に勤しめ。学校外でそんな噂は広めるなよ。我が校の品性が疑われるからな」

 さて、つまるところこれが何を象徴しているのか。
 学校が事件を隠したがっている。ニュースに取り上げられて学校の評価が下がってしまうのを恐れている。学校の利益を考えている。
 これこそが密室。隔離された空間。こういうことがあるからこそ、学校は一つの国家なのだ。
 それが、駒。
「これで動きやすくなったってことだ、遙」
 後ろで頷く気配を感じた。


 その日の昼休み。
 オレと遙はいつも通り、弁当を食べるために屋上に来ていた。いつもなら来客拒否――この前はヤツが離れなかったから――なのだが、今日はオレ自ら客を招いた。
「うぃッス! 久々登場のなぎーッスよ!」
「時間にしては一日振りなんだがな」
「何を仰りますやらイマイチ先輩! なぎーは一日千秋の思いでイマイチ先輩との絡みを期待していたッスよ!」
 絡み、て。
 まぁいちいち気にしていても仕方ない。こいつの場合、気にしていると物語が先に進まない傾向があるからな。
 不安要素ありまくりの橋凪でも、意外に役に立つ場合があるし、しかもこいつはオレが今回の事件に立ち入るきっかけを作らせたのだからそれなりのお詫びというものが必要になる。言い換えれば、手伝え。
「いやはや、そういうことならばお手伝いしますよ。イマイチ先輩にはこちらも色々と助けてもらったッスからね」
 頷きながら玉子焼きを口に入れ、悦に入る。今日は先日の反省も活かしてか、乱暴な食べ方をしていない。どうやら学習能力は人並みにあるようだ。
「しかし、あれッスよ。なぎーにお手伝いできることといったら本当に少ないッスよ? これでも自分の力量は弁えているッスから」
 人差し指を立てるようにして箸を立ててオレを見つめる。
 確かにこいつは事件を解決をする能力は持ち合わせていないだろう。しかし事件解決を補助する側ならば誰でもなれる。でしゃばらない程度に行動が出来る人間ならば、情報収集は可能。遙や橋凪はそういう要員なのである。
 橋凪は一見、でしゃばりタイプなのだが『行けるところまで行けたらそこまで』と自分で割り切っている。犯人に気付かれない可能性はゼロではないが、普段の振る舞いを維持していればぐんっと可能性は減る。
 逆に遙は『行けるところ』が見定めていない。だが、情報収集力と記憶量がオレの周りでは段違いに優れている彼女は重要な戦力と成り得る。大変危険な存在ではあるが、そこはそこ、護衛を置いておけば身体における被害はないだろう。
 最も、相手にそのような努力があれば、のことなのだが。
「大丈夫ですよ。渚ちゃんにも出来ることはあるんです。人は生きている以上、不要とされる云われはありません。自信をもってください」
「おぉ、遙先輩に言われるとやる気が出てくるッスよー」
 いや、完璧少女に近い遙が言ったら嫌味にしか聞こえない。
 その辺りはどうも頭が働いていないようだ。むしろ褒められたことに橋凪は感動を覚えているのだろう。
 まぁそこが子供らしくて橋凪は同性からも人気がある理由か。
 ―――やっぱり、橋凪がいると話がズレる。
「とりあえず、だ」
 オレは話を区切ることにした。
「不本意ながら今回の事件を見直そうと思う。あくまで殺害方法を考えるだけ、犯人を捜そうとは思うな」
 そこまで言うと、遙と橋凪は顔を顰めた。
 橋凪は挙手して、発言を求めたそうだったので無言でそれに答える。
「そうは言いますけどイマイチ先輩? 殺害方法を考えるのは犯人を捜すよりかなり大変な作業かと思われるのですが」
 そう。犯人を捜すだけなら御酉の周辺を洗いざらい隈なく調査すれば目的の相手に辿り着くだろう。だがしかし、殺害方法となると行動範囲は広がる上、必要な情報かどうかを見極める判断力も必要となる。
 付近と広範囲。確定と不確定。どちらが楽かといえば断然前者に違いない。
 オレはその質問に首肯する。
「勿論その通りだ。しかし犯人をオレが捜す理由はない。御酉の敵討ちなどと彼女に何らかの感情があれば行動は考えるが、至ってそういったものはない。よって今回は犯人捜しを最初から除外した。行動力のあるお前にはそういった理由から情報収集に協力してもらう。拒否権はあるからそのつもりでな」
「遠回しに『そんなことでなければ、てめぇなんざ徴集するか』と言っているようにも聞こえるッスが……。いえいえ、拒否権なんて使わないッスよ。微々たる戦力にしかなりませんが、この不肖、橋凪渚。イマイチ先輩のお力添えになるッスよ!」
 橋凪は満足げに頷いた。
「しかしッスよ。それではどうして事件を追究しようとするッスか? 放っておけばなんとかなるッスよ?」
 首を傾げて痛いところをついてきた。
 考えてみれば最初にその質問が来るはずだったのだ。今までなんとか避け続けてきたのだが、意外な人間によりそれが遮られた。
 少し気まずくなったが、なんとか気を取り直して溜息交じりに肩を落とす。
「それは個人的な事情だ。とりあえず事件に関わらないとオレの気が治まらん」
 本当に個人的な理由であり、遙はもちろん橋凪には何の関係もないのだ。まぁ彼女らはこの事件を解決するということで躍起になっているだろうが。
 しかし本当にやる気が出ない事件だ。いや、いつもなのだが。
 橋凪は何か言いたげであったが、別に重要ではないらしく、口を閉じて次の食品へと箸を伸ばす。
「では、簡単に事件を振り返りましょう」
 こういったとき、まとめ役になるのは決まって遙だった。オレと橋凪のまとめ悪さというのか、そういうのを熟知している彼女ならではの気遣いでもある。
 屋上にはオレたち以外、誰もいないので大きな声をあげても校舎内に広がることはそんなにない。
 ここはそういった場所。今日から数日、いや数時間だけの作戦会議室だ。
 オレと橋凪は箸を止めて、遙の声に耳を傾ける。
「先日の朝、渚ちゃんが犯行予告―――殺人予告といったほうがいいですね、その旨を匂わせる紙が机の中に入っていました。しかしそれは幸運にも渚ちゃん宛てではなく、生徒会長であった御酉那乃羽さん宛てのもの。それを見つけた渚ちゃんはどうするか昼休みに私たちの元へ来ました。 しかしどうやら事件には関心がない様子で、その紙を破り捨ててしまいました。……この辺りは私たち全員が見ていますから確認はいいですね。そしてここからは渚ちゃんが知らないとは思いますが―――」
「あ、なにやらイマイチ先輩が御酉先輩に連れて行かれていましたね。いやぁ、あれは遙先輩の大ピンチかと」
「黙れ」
 そういえば、視線の先にいたな。言われるまで脳の奥に潜んでいた。
「はい。ひとやくんが“何をしていたのかわからない”御酉さんとの会合です」
 まだ根に持っているようで、笑顔ながらどこか違った感情が含まれているようであった。
 彼女の機嫌を完全に直すにはもう少し時間が必要らしい。
「イマイチ先輩。ここは遙先輩が一番好きであることを示すような行動をとらないと駄目ッスよ。こう、ほら、あるじゃないッスか、いわゆる、えろいの!」
「恥ずかしげがあるのかないのか、はっきりしやがれ」
 再度。こいつがいると話がズレる。
 しかし、それもまた一考だなと思いつつ弁解に入ることにする。
 二人の誤解を解くのは早い方がいいし、何かを思い出す原因となる可能性もあるからだ。
「御酉との会合は、向こうが一方的に言葉をぶつけてきただけだ。それ以上もそれ以下もない。分類するなら大きく二つの質問。『犯人の正体』と『御酉の死』。これも以上も以下もない」
 つまりは単なる雑談だったわけだ。思い出す原因にもならなかった。
 橋凪は何となく事柄を掴めた様だが、遙はまだ若干疑っている模様。まぁ直に信じるだろう。
「その後は御酉と会ってはいないが、これは遙や橋凪が証人となるだろう。なんならうちにいるヤツらに訊いて、オレに何か変化があったか調べてもいい」
「なぎーはそこまでイマイチ先輩を疑らないッスよ。御酉先輩とイマイチ先輩のピリピリした空気はあからさまで嘘ではないッスからねー」
 意外にも橋凪がオレを擁護する形になったので変な気分だったが、何分時間も勿体無いので話を進めさせよう。
 オレの視線を遙は頷くことで答える。
「そして二日前、先週の土曜日に生徒会にて生徒会の方によって御酉さんの死体が発見されたそうです。けど、この『生徒会の方によって』というのは実は嘘だそうです」
「…………まさか、またイマイチ先輩なんですか?」
「ご名答ですよ、渚ちゃん」
 笑顔でそう答えると橋凪はぐでーっと屋上の床に体をくっつけた。足を広げての屈曲であるので結構体が柔らかいことが証明された。
 オレが第一発見者であるのは遙に昼前に伝えたことだ。そんなことをしなくても遙は気付いていたようだったが。
 以心伝心。その力を垣間見たような気がしたときだった。
 つか、そんなにげんなりするな橋凪。オレもなんでこんなに災難に見舞われるのか不思議でならないんだからな。
 溜息を吐きながら起き上がる橋凪の姿はアンドロイドが活動開始したような動きだったので少し退いた。
「はぁ。まぁもう何度言っても仕方ないことッスからね。それでは死体の状況はどうだったッスか?」
 もう慣れっこのようでこいつも普通に死体などと軽々しく言ってくる。いいことなのか悪いことなのか。
 別段死体の状況など言って損することではないし、今、校内に広がっている噂は大抵的を射ているので隠す必要もなかった。
「御酉は生徒会室にある黒いソファの上で胸に穴が開いて死んでいた。多分これが死因だろう。首には絞められたような跡などなかったし、頭も陥没していなかった。胸を一突き。これだろうな」
 そして周りには朱い色をした血液。黒いソファにも敷かれた赤い絨毯にも備え付けの机にも、その血液は飛び散っていた。
 人間の血液はこれほどまでに飛び散るものなのかと如何わしく思ってしまうほどの量。だが適度のように思える量。まぁ量のことは今のところ置いておこう。
 ―――ん、殺害方法解決したのではないか?
 と思われる人がたくさんいるだろう。だが、話はそう簡単に終わることではないのだ。
「しかし本当の本当にその通りなのか。嘘偽りなくその殺害方法が使われたのか。そんな“本当の”殺害方法を突き止めるまでが、オレの推理だ」
 何故なら違和感がそこに存在していたのだから。
 そこで一旦話を区切ると、周りを確認する。二人ともオレの性格は掴んでいるようでここでは口を挟んでこない。
 ここが二人と御酉の違いだ。
 改めて口を開く。
「二日間。これは犯人にも御酉にも、そしてオレたちにも余裕のある期間だった。その余裕ある時間の中、犯人は何らかの準備をしていたと思われる。そこでお前らの役目だ。学校中を歩き回り、小さなことでもいいから情報を得ろ。 そしてオレに何らかの形で伝えること。無論、直接伝えるのが良策だが、それが不可能な場合は各自の判断によって行動すること。……つっても、橋凪にはこれは伝わらないだろうがな」
「うぃッス! なぎーは猪突猛進! 問題なんて振り払ってイマイチ先輩に情報を提供するッスよ!」
「わ、私も頑張ります!」
「いや。遙は最初オレと一緒にやることがある。その後に行動を開始してくれ。不安な場合は喜美野辺りを連れて行けば護衛にはなる」
 これは遙の記憶力を頼りにすることだ。橋凪には無理。
 橋凪は何か言いたげであったが、またそれを抑えて、違う質問をする。賢明な判断だ。
「それにしてもウチの学校は何で事件を隠したいんッスかね。いやぁ、秩序とか道徳の問題ってのはなぎーにもわかるッスよ? けど警察に任せた方が確実に解決するッス」
 その通り。当たり前だが現代日本で捜査力が段違いにいいのは警察である。
 彼らに任せればこんな陳腐な事件。いとも簡単に終わらせてくれるだろう。実力の半分を出すか出さないかのくらいで解決に至ってしまう。
 とどのつまり、本来ならその程度で終わらせてしまう事件なのだ。
 だが、学校側にも学校側なりの理由があるのだ。
「遙、お前は将来何になりたいと思っている」
「は、はい。いきなりですね」
「いいから」
「あ、はい。将来は家を継ごうと思っています。いわゆる神主という職業です」
 うむ、遙なら絶対そうするだろう。彼女の性格柄、というよりも彼女自身、伝統を重んじそうな雰囲気だからな。
「それじゃあ橋凪。お前は将来、いや高校を卒業したら大学へ行くのか。それとも就職か」
「なにやら遙先輩とは違うッスが。うー、何せまだ高校に入ったばかりッスからまだ三年後の未来が予測出来ないでやんすよ」
 はうあー、などと口ずさみながら思考に耽る。
 そんなに難しい質問はしたつもりはなかったのだが、橋凪にとれば一世一代の大決定であるようだった。
 時間にして二分弱。橋凪は顔を上げて答えた。
「うー、なぎーは大学へ進学できたらしようと思うッス。近年は職業難ッスからねー。世の中そんなに甘くない、って誰かさんが言ってったッスから」
 誰でもいいし、誰でも言ってそうな言葉だな。
 まぁ今はそういうところを問題にするところではない。
「では、だ。その大学へ進学するときや会社へ就職するとき、何を参考にするかはわかるか?」
 その質問に頷いて答えたのは遙。
「成績はもちろんですが、その生徒の目標・性格・相性などが関わると思います」
「それと“卒業した学校”」
 ここまで言えば誰にでもわかるだろう。
 橋凪も目を見開いてオレの言葉に耳を傾ける。
「そう。これは学校側の独断ではない。配慮だ。生徒全員の進学・就職に影響を与えないように職員側が考えた生徒に対する保護だ。『殺人事件の起きた学校を卒業しました』などと言ってみろ。学校の品性が疑われると共に、オレたち生徒の品性も疑われる。 就職にも少なからず影響するはずだ。橋凪の年代になればその印象は薄れるだろうが、今の三年には絶大な被害が被る。むしろこれは職員側に感謝せねばならんことなのだ」
 そして、そのお蔭で――――密室は完成した。
 橋凪は全くそういった事情に詳しくなかったらしく、首を縦に何回も動かし激しく感心していた。
 確かこいつ、推薦でこっちに来たんじゃなかったのか。
 無知ゆえの圧力? 意味わからん。
「密室。隔離。そして消えた事件。ひとやくん、本当にこの事件に関わってしまって良かったんでしょうか。いえ、私が大半誘っているのはわかっています。けど」
「関わる他なかった。それに遙のせいではないから心配するな」
 今はそれは重要なことではない。語るべきではないし、語りたくもない。
 心の奥底に封印するもよし、心の奥底から破棄するもよし。
 どうやら遙も渋々ながら納得したようで、話を続けることにする。
「ではアリバイですが、これはお互いがよく理解できていると思います。ひとやくんはニナさんやお父さまに。渚ちゃんは―――」
「うぃッス! その期間ならニナちゃんと遊んでたッスよ。お泊りもしたッスからね」
「激しく五月蝿かったがな。反論するな、時間が惜しい」
「うー。わかったッスよ。イマイチ先輩は最近というか最初からなぎーには冷たいんッスよねー。本当に兄妹なんだかわからなくなったッスよ」
「反論するなと言っている」
 話聞いているのか、こいつ。
「ひとやくんも落ち着いてください。感情の高ぶりは推理の邪魔になります。それと後でお話があるので残っていてください」
 くそ、橋凪め。何か遙の気の障ることを言いやがったか。
 軽く謝ると遙は溜息を吐いてから続ける。
「そして私に関してですが、これも家族に連絡をとれば確認できます。ひとやくん同様、身内がアリバイ証言の対象になるという前提があればですが」
「警察の事情聴取じゃないからな。そこまでは拘るつもりはない」
 それにこいつらが御酉を、いや人を殺すほどの性格には思えない。
 遙ならば当分の間学校に来ないだろうし、橋凪に至っては次の日に「人を殺したッスよー」と学校中に広めまくっていることだろう。
 それくらい行動がわかりやすい人間なのだ。だからこいつらは最初から除外する。
 っと、いつの間にやら犯人を捜す方向へ思考が行っていた。戻す。
「質問があれば承る。だが犯人についてではなく、殺害方法についてだ。――――ない。なら橋凪、お前は学校中を駆け回って小さなことでいいから変わった出来事を探し当てろ。 観察眼がいいお前なら出来ると思う。そして遙はオレの用が終わったら生徒会役員を中心にそれとなりに変わったことがなかったか聞き出せ。無理に進むな、ここでいいと思う直前で止まれ。いいな」
「はい!」
「うぃッス!」
 その返事は青空へと消えていくが、それは御酉に届くだろうか。
 届けばどんな顔をして見ているだろう。嬉しさ。喜び。否、逆。
「見ていろ、御酉。くだらなく仕組みあげた論理を完璧に崩してやる」








    


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