「唐突だが」
放課後、相沢さんに突然声をかけられたと思ったら突然話題を振られた。
「天野の副業は巫女さんだと思っていたんだ」
「はぁ」
突然何を言い出すかと思えば。
「相沢さん。学生の身分である私が、アルバイトをするわけありません」
そう、この学校は基本的に許可制だ。
アルバイトをするなら担任を通じて許可書を貰わなければならない。
まぁ皆さん、勝手にやっていらっしゃるようですが。
「相変わらずお堅いなぁ。しかし天野がアルバイトって言葉知っているとは驚きだ」
「……一度相沢さんの脳内を調べて、私をどう見ているか探ってみたいところですね」
じと目で見ると、相沢さんはあははっと景気良い笑いをした。
この人はいつもそうだ。こうやって自分をからかい、笑うのだ。
だが、自然と不快ではない。むしろ心地よいくらい。
決して罵られて喜ぶと言う奇特な方ではありません。決して、決して。
「だけど、さ。天野は似合うと思うぞ、巫女服。精錬――っていうのか、思わず崇めたくなるような」
相沢さんは目を瞑って、頷いている。
多分彼の頭の中では私が巫女服を着ている姿が出てきているのだろう。
「変な想像していませんよね?」
何か嫌な予感がして、聞いてみた。
案の定、相沢さんは体を少し震わせ誤魔化すように口笛を吹いた。
しかしすぐ諦めたようで、ばつの悪そうな顔をしてこちらを向く。
「ははは、すまんすまん。あまりに綺麗だったからつい……」
つい、で変な想像されてしまってはかなり困る。
私は思わず大きな溜息をついてしまった。なんでこんな人と友達なのだろうと思うと情けなくなる。
けど、と相沢さんは付け加える。
「綺麗なのは本当だぞ。天野は素材がいいから多分なんだって似合うし、綺麗に着こなせるような気がする」
「……何やら少し傷ついた気がします」
それでは自分が服を着るための実験台のように聞こえなくもないからだ。
例えるならマネキンですか。
「それにしても本当に唐突ですね。何かあったのですか」
話を最初に戻す。
事の発端は相沢さんが突然この話題を振ったことからなのだから、理由を聞かねばならない。
「ん、ものみの丘に神社あるだろ? 神主ぐらいいてもおかしくないくらい立派な神社なのに、誰もいなかったから不思議だなと思ってさ」
あぁ。確かにあの丘の頂上には神社があるのを思い出す。
田舎とは思えないくらい立派な造りであり、初詣などはよくそこでお参りしている。
「しかし、それと巫女と何の関係があるのですか?」
「いや。深い意味はないんだが、ふと思ったんだよな。『天野がいそうな雰囲気だな』って」
「巫女服を着て、ですか?」
そう尋ねると少し悩んで頷いた。そして微笑む。
「別に拘っているつもりはないんだが、巫女ってあまりにも天野に似合いそうだろ」
「同意を求められてもわかりません」
即答した。
自分のことだからそんなことがわかるはずがない。
自分で想像していて、頷ける人間なんているのかと逆に不思議に思った。
「ま、いいや。結果として天野は巫女さんじゃなかったから」
と、これまた突然相沢さんが安堵する。
困ったり安心したり、本当に表情豊かな人だと思う。
「……相沢さんは時々理解に苦しみます」
思ったことを口にしてやった。少し皮肉を込めて。
だが彼は不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「そっか? 俺は善良一般な青少年だと思っているんだが」
「私への返答になっていない気がしますが」
ふと空を見上げればもう真っ暗になっていく。
後ろを振り返れば多分、夕方から夜へのグラデーションが見られるはずだろう。
となれば、相沢さんと別れるときも近いということだ。
なら、早めに聞いておこう。
「相沢さん。結局私は巫女の方が良かったんですか。巫女じゃない方が良かったんですか」
同じように空を見ていた相沢さんがゆっくりと私を見てくる。
一度、顔を下ろして目を瞑り、そして改めて見てくるという意味ありげな行動付きで。
そして彼が私に向けたのは見慣れない真剣な顔だった。
「巫女じゃない方が良かった」
てっきり「巫女になってくれるんならなってくれ」という答えが来ると思っていたのだがはずれてしまった。
巫女の話題をしたのは相沢さんだし、ひっきりなしに巫女の話をしてくるものだから望みなのかと思っていた。
もし言われても私の答えはノーですけど。
「何故ですか?」
私の予想を覆した理由を聞く。
これで変なことを言ったら私はスタスタ家に帰ってしまおうと思った。
しかし返ってきたのは意外な言葉。
「だって、巫女になられたら巫女服の似合う天野は注目の的だろ? 野郎共は天野に釘付けになる。それは……俺にとって全然面白くないからだ」
理由終わり、と言葉を終えるとぶすっとした顔に急変する。
腕を組んで出来るだけ私に視線を向けないように前を向いている。
本当に表情豊かな人だと思う。
今の台詞は"変なこと"。だけどこのまま家に帰ってしまおうなんて考えは一切なかった。
こういうのは失礼かもしれないけど、心地よい"変なこと"だ。
思わずくすくすっと笑ってしまった。
いつもは私を子供みたいにからかうのに、自分のほうがよっぽど子供ではないか。
だから言ってあげよう。
「大丈夫ですよ。私は巫女にはなりませんから」
なりたいとも思わないし、なったって意味がないと思う。
でも、もしかしてと言う時期があるかもしれない。
何かの拍子でそういうことを頼まれるかもしれない。
だけど。
「もし巫女になったとしても相沢さん以外、私には見えてませんから」
頬が赤くなっているのを隠すように、私は消え行くグラデーションを見ていた。
ちなみに後日相沢さんの前で巫女服を着た姿を見せる破目になるのですが……それは別の話ということで。
久しぶりにかなり短いお話を書きました。
美汐を書くと一人称でもまるで三人称みたいになるので書きやすいといえば書きやすいかと。
……ところで、この二人付き合っているんでしょうか。
自分で書いていて少しわからなくなっていたり。
いつもなら素直になれない美汐を書いていたでしょうが、こんな美汐もいいかなぁと思います。
こんな短いSSでも感想などを頂けると幸いです。どうぞメールなり、掲示板なりに。
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