ひらひらと葉が落ちていく公園。
 その葉は赤く染まったものや黄色く染まったもの、黄色と赤が混じったものと様々だ。
 既に地面にはそれら色とりどりの葉が覆い尽くしていた。
 普段なら町内会の役員の人たちが竹箒やちり取りを持って掃除に来るはずなのだが。
 どうやら今日はその日ではないらしい。さすがに毎日していくと人の体にも負担がかかるからだろう。
 今頃ご婦人達は夕飯の買い出しやら寝転がってテレビでも見ているだろう。
 時間は夕方になるのだが、まだ子供は遊んでいた。
 滑り台、ブランコ、シーソー。一般の公園にある物は全て揃っていた。
 そこに数人の子供達が大きな声をあげながら遊んでいた。
 男の子だらけではない。ちゃんと女の子も数名入っている。
 この時期はよく男女揃って遊ぶものだ。歳が重なると次第に同じ所では遊ばないようになってくる。
 趣味のすれ違いというのもあるのだろうが。やはり異性として意識し始めるのもあるのだろう。
 そんなことを呆然と見つめながら天野美汐は公園に備え付けてあるベンチに座っていた。
 一冊の本を膝の上に広げながら。


 美汐はその様子を見て、優しい笑みを浮かべた。
 普段では滅多に見られないであろうその笑顔を。
 どうも子供の無邪気な姿を見ていると自然と頬をゆるましてしまう。
 これはほとんどの人がそうなのかもしれない。
 彼女は最初、この一冊の本を読破してしまおうと普段は静かであるこの公園に来たのであるが、すでに先客がいたようだ。
 家にいれば外を通る車の騒音に悩まされたりするし、図書館となるとやはり閉館時間というものがある。
 それならばとゆっくり落ち着いて本を読めるであろうこの秘密の場所を選んだのだが。
(まぁ、仕方ないですね)
 半分諦めながらも、美汐は膝の上に乗せてあった本を読み始める。
 彼女が読んでいる本は国語辞典程度の大きさがあった。厚さもそれに近いものである。
 内容は何かの物語のようだ。友人に勧められて先程図書館で借りてきたところだ。
 面白くないわけではない。むしろ気に入る部分が多々あった。
 一本一本の短編集仕立てになっているお陰か、読んでいて飽きないし、読み出したら止まらないことだってあった。
 こうなると周りの音が全く聞こえなくなる。
 先程まで嫌というほど聞こえていた子供の無邪気な声が聞こえない。
 すぅと自分自身の世界に入り込んでしまう、そんな感じだ。
(時々自分を変に思いますけど)
 そしてどのくらいの時間が過ぎていっただろう。
 ふと、そんな彼女の目に一つの単語が目に入った。
 別に入れる気がなかった。その一つに。

 妖狐。

 その瞬間、彼女は現実に戻される。
 聞こえていなかった音が一瞬にして聞こえ始めるのだ。
 見えていなかった色が見え始める。赤や黄色が。
 と同時に美汐の頭にサッカーボールが当たった。
 どうやら男の子二人がパス練習をしていて、誤って強く蹴りすぎたようだ。
「あ、当たっちゃったよ……」
「どうしよう……」
 あたふたと慌てふためいている二人だが、当の本人は何が起こったのか未だ理解できないでいた。
 首が左横に45度傾いているまま呆然としていた。何故倒れないのか不思議に思ってしまう。
 美汐に当たったボールは二三度バウンドするとコロコロと男の子達とは反対方向に転がっていってしまった。
 つまりあのボールを取るためには、ぶつけた相手の近くを通らないといけないと言うことだ。
 二人は顔を見合わせると、一度頷いて歩き出した。
 音を立てないようにゆっくりと。
 美汐は別にその音に気づいたわけではなく、頭に痛みがあるのを感じてはっとした。
 顔を少し上げて、目線を色とりどりになっている木々を見る。
「何やら痛いですね」
 左目を閉じ、右目を細く開きながら痛みを感じる部分をさすってみる。
 瘤は出来ていないことに安堵を感じるが、一体何が起こったのか美汐自身わからない。
 最初はベンチの端にでもぶつかったのかと思ったが、寝ていたという記憶はないので否定する。
 きょろきょろと辺りを見回してみると、動きを止めたサッカーボールが美汐の近くにあった。
 その反対方向を向くと、まるで勉強をさぼって遊びに行こうとしたところを母親に見つかったような顔をした少年二人の姿があった。
 そこから美汐は推理する。といっても簡単なものだが。
「これですか」
 美汐はふぅと溜息をつくと、本にしおりを挟んでベンチを立ち上がる。
 その動きにビクッと二人は体を震わせる。
 しかし美汐は二人に目もくれず、サッカーボールの方へ歩み寄ると両手でそれを拾う。
「さて、これ一体どうしましょうか」
 男の子達に背を向けながら美汐は彼らに聞こえる声でそう言う。
 記憶が正しければ彼らが自分の頭に当てたのだ。すこしぐらいおしおき程度のことをしても構わないだろう。
「このまま私が没収して、これ以上人に迷惑かけないようにしてみますか」
 肩越しに見せるその顔は本当に真剣なものであった。
 見る人に寄れば体を震わせてしまいそうな、そんな感じだ。
「うっ」
「そんなぁ」
 美汐が初めて聞く二人の声は明らかに残念そうな、つらそうな声だった。
 少しからかいすぎたか、と美汐も反省する。多分これは"誰かさん"の影響だ。
 軽い溜息をつくと、少年達に向かって振り返った。
「冗談ですよ」
 美汐の台詞は落ち葉が振りゆく中で振り返りながら見せる微笑んだ姿だった。
 それがあまりにも彼女に似合いすぎていたので、少年達は一瞬見とれてしまった。
 ボールを両手で持ちながら、二人の元へやってくる。
 もうその時点で見とれてしまっているので、二人は美汐を見ることしかできなくなっていた。
 それには気づかず、美汐はそっと二人の前にサッカーボールを差し出す。
 あっ、という声をあげて一人がそのボールを受け取る。
 受け取ったのを確認すると、まるでそれが当たり前であるように少年達の頭に着いている落ち葉を払う。
 頭を撫でているようなその払い方は二人に照れを生じさせた。
 子供扱いされているような感じもさせるが、それ以上に安心できる空気がそこにあったのだ。
「今度から周りをよく見て遊びましょうね。こういう風に人に迷惑をかけたら、自分にもそれなりの代償が来ますから」
 微笑みはまだ続いている。
 その笑みがあまりにも輝いていて、二人は顔を背けて美汐とは反対方向へ走り出した。
 返事もせずに、ただ出来る限り早く走った。
 美汐はその様子を見てクスッと笑った。
 別に意識して見せた笑顔ではないのだが、どうやら彼らには刺激的な笑顔だったらしい。
 彼らが照れていたのは美汐でも容易に判断できた。
 改めて走っていく少年達の姿を見る。
 二人とも顔を見合わせ、笑っているような焦っているような、よくわからない顔をしていた。
 けど広い場所に辿り着くと、待ってましたとばかりにサッカーボールを再び蹴り出す。
 先程と違うのは、少し動きがたどたどしいぐらいか。

「……そういえば、"あの子"にはサッカーというものを教えていなかったですね」

 楽しそうに遊ぶ二人を見て、美汐はふと呟く。
 まぁ彼女はサッカーの基礎を全く知らないのだが。
 保健体育の授業で簡単な解説を行っただけで、サッカーボールを蹴った覚えはない。
 テストもやった気がするが、体育自体興味のない彼女にとっては馬の耳に念仏だ。
 それはいつの頃だったか、確かに二人で遊んだあの記憶。
 あの本にふと出てきた二文字の漢字。
 それが今、美汐の頭の中でフラッシュバックするかのように蘇ってくる。
「こんなことならもっと色んな遊びを教えておくべきでしたでしょうか」
 それは思い出を深くさせる。それに伴う寂しさも深くさせてしまう。
 美汐の顔は一瞬にして、笑顔から寂しそうな顔になる。
 こうやって笑っている自分が馬鹿に見えてしまう。
 こうやって自然に振る舞っている自分が駄目に見えてしまう。
 しかしそれは過ぎ去ってしまった思い出。もう二度と戻ることのない過去。
「もっと、もっと、貴方との思い出を……」
 遊んでいる少年の姿が、自分が出会い、そして愛した彼を思い浮かばせる。
 もう二度と出会うことのない少年のことを。
 自分の目の前で消えてしまった"妖狐の少年"のことを。
 思わず流れてしまいそうなものを押さえながら、自分が座っていたベンチへと向かう。
 先程まで座っていた場所は、落ち葉により埋め尽くされていた。
 白いペンキで塗られた木が全く見えないくらいに。
 その落ち葉は読んでいた本にも及んでいた。こっちの方が被害は少ない。
 落ち葉を片手で払って、座り場所を確保する。本にかかった落ち葉はほんの少し角度を変えるだけで簡単に落ちた。
 ふと。

 ―――ちりん。

「!」
 バッと体を起きあがらせ、辺りを見回す。
 聞こえたのは鈴の音に近かった。いや、そのものなのかもしれない。
 しかし聞こえた方向には誰もいなかった。向こうでは楽しそうな子供達の声が聞こえるだけだ。
「……気のせい、ですよね」
 軽く笑うと、美汐は心を落ち着かせてベンチに座る。
 改めて考えると自転車のベルかもしれない。そんな考えに至ったからだ。
 そしてしおりをはさんでいたところから再度本を読み始める。
 妖狐の単語を発見したところから。
 そしてゆっくり自分の世界に入りかけた。
「みっしおー!」
 だが、それを明るい声が邪魔をする。
 美汐は文字を読むのをやめて、声のした方へ振り返る。
 そこは公園の外側で、公園に比べると落ち葉の数が少ないところだった。
 見えたのは黄金色の髪の毛。そして明るい笑顔。
 手を振っているのは彼女の親友だ。自分の愛した少年と同類の種族。
 少女が明るい笑顔を浮かべているのとは裏腹に、隣の青年は呆れた顔でそれを見ていた。
 しかしそれは外面だけで、内面は愛おしいと思っているに違いないと美汐は思っている。
 青年は美汐を見ると、軽く笑った。美汐もそれに答える。
「全く、ろくに本も読ませてくれない人たちですね」
 そう言うと、また同じ場所にしおりを挟む。
 呆れた口調だが、顔は笑顔、楽しそうである。
 閉じた本を持って、美汐はベンチから立つ。すると服に付いていたのだろう、落ち葉が落ちる。
 子供達の声が聞こえ、そちらの方向に振り返る。
 相変わらずサッカーをしている少年二人。ブランコで遊んでいる少女たち。
 今から滑り台を滑ろうとしている子供。遊びの数は色々だ。
「本当に、色々教えてあげたらよかったですね……」
 優しい笑顔を浮かべて、美汐は前を見る。
 公園の向こうは昔とは違う自分の世界。本の中にある世界とは違う世界。
 あまりに明るすぎて自分の大切なことを忘れそうになる世界。
 だけど自分は進まねばならない。
 あの思い出だけはいつだって残るはずだから。
 美汐は歩き始めた。落ち葉のある道を。


 美汐が去ったベンチには、一人の少年が座っていた。








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