I am the bone of my sword.(体  は  剣  で  出  来  て  い  る)
 夜、衛宮士郎は一人、自宅から離れた蔵で詠唱する。
 だがそれは魔術の詠唱ではなく、自分の意識に対する暗示である。本来ならばこれを含めて長い文を詠唱して、彼独自の固有結界を造り出すことが可能なのだが、今現在の士郎の魔力では無駄に行使できない。再び行えば彼の体は崩壊しかねない。
 だから暗示。この言葉を呟くだけで彼の魔力の特性『投影』の成功率が上がる……気がする。
 目を瞑り、自分の中に流れる骨子を想定する。脳裏に浮かぶ剣のイメージを拭い去り、魔力の流れ道となる骨子を完成させる。
 彼の魔術の師であり、恋人である遠坂凛の言葉を思い出し、ゆっくりと焦ることなく魔力を紡ぎ上げていく。
 イメージを。その武器を。その持ち主を。その歴史を。
 ―――組み上げる。
投影・開始(トレース・オン)
 道が一本、灯りに染まっていく。同時にその武器のイメージを強く持っていく。でなければ完成度が落ちる。
 元々模倣ゆえ、完全にその武器になることは有り得ない。しかしその武器を“そこに在るようには見せられる”。
 不完全な酷薄な武器。必要なのは造り続けていくことを念じるだけ。そこに在ることを信じ続けるだけ。
 アーチャー。英雄エミヤ。
 彼はものの見事にそれを越えた。造り続けていくことだけではなく、在ることを信じ続けるだけではなく、その武器を現実に自分を所有者にして使いこなしている。
 もし、アレが自分の未来ならばそこに辿り着くことは可能。いや辿り着く。だがエミヤへの未来は辿らない。
 衛宮士郎は生きていける。英雄ではなく、正義の味方として。最後まで信じている父親の信念を貫くために。
 それでも士郎はアーチャーの姿を思い浮かべる。自分の鏡であり虚像でもあるその振る舞いを。
 夫婦剣・干将莫耶。
 今の衛宮士郎に一番イメージが残っている武器。英雄エミヤが必殺の武器として造り、使用してきた武器。
 それを――――今、投影する。
「…………ふぅ。投影・完了(/rp>トレース・オフ)
 ゆっくり目を開く。
 薄く見える視界には干将莫耶が映る。
 両手に収まる二つの剣。陰陽の剣。もう何度も投影した剣。その度に一ヶ月前の戦いを思い出す。
 聖杯戦争。決して表の歴史に残ることのない、たった七人のマスターとたった七人のサーヴァントによる聖杯を巡る戦争。くだらない、死と血と裏切りの戦争。
 そこで手に入れたものは多い。そして失ったものもまた多い。
 二週間程度の出来事は強く、鮮明とまではいかないが士郎の記憶に残っている。
 だから、干将莫耶を造り出す度に士郎は思い出す。
 例えば、あの金色の少女とか――――。

『―― シロウ――』

「ッ!」
 余韻に浸り、気配を研ぎ澄ませていた士郎にとってその声は容易に聞き取れた。
 それは自分を最後までマスターと認めていた少女。最後まで自分の剣でいると忠誠した少女。
「セイバー!?」
 夫婦剣を手に立ち上がり、辺りを見回す。だが、蔵の中はガラクタだらけで人影すらない。
 振り返り、玄関の方も見てみるがかつてのように凛と澄ました姿はそこにはない。あるのは手入れされた衛宮邸の庭だ。
 しかし、何故だろう。その庭に何かがいる気がしてならない。
 遠坂凛や間桐桜は彼女の家に戻っている。保護者的な存在の藤村大河は今頃家で鼾をかいて寝ているはずだろう。そもそも夜中に出歩かない。
 だからそのような気配がするのは些かおかしい。もし敷地内に侵入者が入ってきたのなら結界の音が敷地内に鳴り響くので、それに気付かないわけがない。
 ともかく駆け巡る謎を頭の隅に置き、蔵の外から出る。念のために両手には干将莫耶。
 一歩外に出るとまだ寒い風が士郎の体に流れる。投影による魔力の行使で体温が上がった体には心地よい風である。しかし彼の頭はそれどころではない。
 懸命に庭全体を見回して少女を捜し求める。声は出さなかった。出してしまえば彼女にもう二度と会えない気がしたからだ。
 そして、彼女はいた。
 蔵と同じくして離れにある道場。特訓という名で彼女と剣術を交わし、毎回負かされ続けた思い出が残る場所。
 そこの玄関でセイバーと名乗る少女は玄関の引き戸に手を置き、士郎に笑みを浮かべていた。
 あの笑顔を覚えている。忘れることの出来ない笑顔。守ってあげたかった笑顔。最後の最後まで孤高だった少女はあのときのまま、そこにいた。
 近づく士郎をセイバーは何も言わず手で静止する。そのままその人差し指を士郎の背後へ。
 その動きに士郎は振り返る。直後、自分の目を疑った。
「キャスター……、葛木先生……」
 誰もいなかった庭の中心にぽつんと二体の人影がいた。いや、重なっていたというべきか。
 それは一人の女性がもう一人の男性に膝を預けている姿だった。その姿はあの時とは異なり、柔らかで優しい空気を纏っている。 寝ているのか、屈強とした体を持つ男は頭を彼女の膝に預け、目を閉じている。女性――エルフのように耳が尖っている――の男の短い髪を手櫛で梳いている姿は穏やかでその口元には笑みが。
 士郎の視線に気付いた途端、女性は一時険しい顔を浮かべたが彼が敵意を抱いていないことに気付くと再び優しく男の顔を眺める。
 唖然とする士郎の前に突如紫の髪が流れる。
 え、と微かに声を上げると視界全体にその姿を入れる。
「ライ、ダー」
 その肢体を露出の多い服で纏い、眼帯で目を隠している紫の女性は士郎の言葉を一切気にすることなくある方向を眺める。
 視線の先にあるのは―――間桐邸か。
 それから、どれくらいの時間が経ったか、女性は元の道へ戻るように振り返ると、士郎と視線を合わす。ふと、その口元が緩んだ気がした。微かなる変化。士郎はそれが殺意なのではなく、何かをお願いするような笑みだと察した。それが間桐桜に関係することも。
 女性はそれを伝い終えると元の無表情に戻り、士郎の横を通り過ぎていく。まるでもう自分の役目は終わった、とでもいうように。
 慌てて振り返るとその姿はなく、代わりに、
「イリヤスフィール。…………バーサーカー」
 少女と怪物。いや、それは絶対正しくない。
 怪物があれほど優しく少女を肩に乗せることがあろうものか。怪物が少女をあれほど喜ばすことなど出来ようか。
 まるで親子のような光景。少女は怪物――ソレを心から信頼していており、ソレも少女を守りたいと思った。
 少女とソレは徐々に近づいてくる。あれほど巨漢にも関わらず足音をたてることなく、まるで地面がクッションにでも包まれたように静かに確実に士郎の元へと来る。
 士郎はソレを一瞥すると肩に乗る少女に目を向ける。銀色の髪と白い肌の、冬の少女は士郎を見ると悲しげな笑みを浮かべた。
 それを見た瞬間、士郎の胸を襲うもどかしさ。
 救えなかった。目の前で行われる儀式を止められなかった。間に合わなかった。あの時戸惑わず駆け抜けていればもしかしたら―――自分を代償にして助けられたのではないか。正義の味方は本来そのようなもののはず。後悔は募るばかり。
 だが、だがしかし少女はそんな士郎を見て首を振った。肩から飛び降り、雪を踏みしめるようにゆっくりと彼に近づき手を伸ばす。その指は優しく彼の目元を拭う。いつの間に泣いていたのか、彼の視界は潤んでおりそれに気付いた士郎は慌てて腕で拭う。
 彼の目元を確認すると年齢相応の無邪気な笑顔を浮かべ、何も告げずソレの足元へ駆け寄り手を伸ばす。子供が親におんぶしてもらいたい意思表示のように。

 嗚呼、そうか。

 士郎は漸く納得した。
 これはあったかもしれない未来。いや、彼らの終焉に存在する世界。最後に未練を残さず消失するための唯一の時間。
 キャスターと葛木は平穏を、ライダーは信頼を、イリヤスフィールとバーサーカーは楽園を。
 優しい時間をこの衛宮邸の庭で過ごしていく。
『シミったれた空気すんな。おまえは嬢ちゃんを最後まで守りきったんだ』
 背中にかかる声に振り返る。
「ランサー」
『ランサー! 貴方は空気を読めないのですか!』
 叫ぶ声は凛と響く金色の少女のもの。顔を赤く染め、隣でやれやれと頭を振るう青色の男に怒鳴り散らしている。
『おいおいセイバーさんよ。他のヤツらはともかくアンタは態度でアイツに色々と示せるのかよ。チッ、俺は何もねぇってのに。―――ああ、あることはあるか』
 青色の男は妙な笑みを浮かべたまま、士郎へと近づき無防備な彼の胸を突く。しかしそれは突付く程度の弱さ。そこにある何かを示す態度。
 だがその行動は士郎の脳裏にあの恐怖を蘇らせる。そう、事の発端はこの男が自分をその槍でその場所を突き刺したことから始まったのだ。歪んだ笑みを浮かべながら男は顔を近づける。
『俺に殺されて生き返った命だ。そう簡単に落とすんじゃねぇ。そんで―――嬢ちゃんをこれからも助けてやれ。あの嬢ちゃんは肝心なトコ抜けてるからな。キチンとその目で見とかねぇと後で痛い目見るぜ。女は棘がある、ってな』
 カカカッ!と盛大な笑い声を上げて男は少女の肩をポンッと叩く。今度はお前の番だ、と。
 呆れつつも少女は、いつもの態度で士郎の視線を受ける。
 あの金色に流れる髪。翠の瞳。整った顔。大剣など触れるとも思えない細腕。
 全て記憶通り。あの時、青色の男に二度に渡り殺されかけた時に現れた衛宮士郎のサーヴァント。だけどその中身は女の子で頬を染めたり、怒ったりする。優しく、時に厳しさを見せる騎士のサーヴァント。
「……セイバー」
『シロウ。よもやこういった形で再び会えると思いませんでした』
 勿論、士郎も思いもよらなかった。その笑顔に今一度会えるなど、今まで考えもしなかったことだ。
 何かを言葉にしようとするが、上手く言葉に出来ない。それを口にしてしまえば彼女は目の前に消えてしまう気がする。
 多分彼女が欲しいのは自分の言葉だ。ならば今それを告げてしまえばすぐいなくなる。せめて、せめてもう少し長く彼女の姿を目にとどめておきたい。自分の剣として最後までいてくれた最大のパートナーを。
 二人とも沈黙したまま夜は過ぎようとしていた。だが、時間は決められている。少女もそれを理解しており、士郎の持つ干将莫耶を目を細くして眺めると口を開いた。
『干将莫耶。やはりシロウが投影するのはそれなのですね。そして、確実にその投影能力は上がっている』
 懐かしむような目でそれを見る。そして更に士郎の背後に広がる衛宮邸の庭をその目に映す。
『……何故でしょうか。この景色は本当に懐かしい。一ヶ月ということもあるのでしょうが、それでも、妙に懐かしさを覚える』
 少女は士郎の横をすり抜け、広がる庭に足を踏み入れる。足音は、やはりしない。だが足元はそれを感じさせることなく一歩一歩を踏みしめている感がある。ある程度歩くと衛宮邸をじっと見つめ、フッと空を眺める。
 田舎の町である深山では、空気が澄んでおり星が良く見える。この日も月が輝き、星の数も多く見ることが出来た。
 それを少女は何を思って眺めているのだろうか。かつての戦場か、はたまたこの地で過ごした記憶か。どちらにせよ、戦いの間にあった平穏な日常は忘れられそうにない。それはまさしく衛宮士郎のサーヴァントと相成ったお蔭だ。 平凡で無茶苦茶なマスター。魔術師としては未熟すぎる人間。それでも彼は戦い続けた。自分の意志と親の遺志を貫き続け、それを踏み外すことなく自らも腕を振るった。その未熟な魔術を以って。
 結局聖杯は得ることは出来なかったが、士郎は精神的に強くなった。少女は傍らでずっと見ていた。そして今尚その強さは保ち続けられている。このまま行けば英雄エミヤのようにはならないであろう。いや、自分の代わりにいる彼の恋人がそれを許すわけがないか。
『……シロウ』
 だから、自分の役目はもう終わり。衛宮士郎の剣は遠坂凛となり、彼を守り続けてくれることだろう。
 時間も残り少ない。名残惜しげに俯いて、少女は士郎を捉える。
『―――貴方に会えて良かった』
 静かに告げる。笑顔で、士郎が見た中で最高の笑顔で少女は笑う。
『この町で貴方と出会い、この町で凛や桜やタイガに出会った。心に残るのはこの場所。戦いの場所ではなく、シロウと過ごしたこの家の出来事。シロウが私の寝場所で文句を言った。シロウが駄々をこねて剣術の特訓を行った。タイガや桜と夜中まで話し合った。シロウと凛と一緒に出掛けた。全て、全て私の心の中に残っています』
 胸の前に手を置き、出来事を振り返る。一語一句漏らすことなくあの情景を思い出す。
 笑ったり怒ったり叫んだり焦ったりした、かつてではありえなかった表情の変化。全ては衛宮士郎のサーヴァントとなってからの出来事。
 この喜びを抱いていこう。この優しさを抱いていこう。
 そして最後にこの翠の眼で、自分が愛した少年を覚えていよう。
『だからシロウ。これで、お別れです』
 頬を熱いものが伝う。少女にも、士郎にも。
 聴きたくなくて、それでも聴かねばならなくて。少女の決死の台詞は士郎の脳裏にこびりついていく。忘れてはいけない言葉、声、その姿。
 少女の最後の言葉は聞いた。だから、次は自分の番。
 言いたくなくて、それでも言わねばならない言葉を自分の口から――――
「ああ、セイバー。今までありがとう。…………さようなら」
 言った。
 あの時言えなかった言葉を、感謝の言葉を、さよならの一言を。
 少女――セイバーは頷いてそれに答える。言葉は必要なかった。それだけでお互い理解出来る。

 風が吹く。
 夢は終わりと風が告げる。

 庭にいる全員が空を見上げる。天空にある何かを見るように、満天の星空をただ見上げている。
 士郎は何も言わずその姿を眼に焼き付ける。もう二度と会えない彼らを、記憶の中にしか残らない彼女らを。
 その時、スッと彼の横を通り過ぎる者がいた。
 赤い、真っ赤な服を纏った肌黒い、見覚えのある白髪の青年。
 その背中は忘れようとしても忘れられるわけがない。自分はいつもその背中を見て、その力を求め続けてきたのだから。両手で握るその武器がその証。
 男は何も言わず、士郎も何も言わなかった。
 お互い交わす言葉は何もない。不要。一つ言葉を発してしまえば返ってくるのは皮肉だけだ。
 それをお互い理解していた。ならば、何も言うことはない。
 鼻で嗤う士郎に男は口を歪めて答える。交わしたことはたったそれだけだ。それで十分。

 風が吹く。
 時間が来たと風が告げる。

 キャスター。
 葛木宗一郎。
 ライダー。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 バーサーカー。
 ランサー。
 セイバー。
 そして、アーチャー。




 風が吹く―――――――。




 それは一瞬の出来事だった。
 目を覆いたくなる突風に煽られ、士郎は目を瞑ってしまう。だが、それを名残惜しいとは思わない。
 何故なら。
 何故なら。
 何故なら、皆は最後まで笑っていたのだから。

 再び目を開けたときには彼らの姿はなかった。まるでそれが夢であったかのように、庭には痕跡がない。
 けどそれが夢であるはずがない。自分の両手は干将莫耶を握り締めているし、あの姿が夢であるはずがない。
 だから、その姿を胸に閉まっておこう。あの笑顔を、あの言葉を忘れずにいよう。
 それが自分の出来ることだ。
 士郎は辺りを見回し、そこに何時何があったかと、思いをめぐらす。たった二週間、されど二週間。その記憶は深く根強い。だから忘れるはずがない。
 ふと、庭に咲き乱れつつ花が視界の中に入った。見た途端、彼はその動きを止め、見入ってしまう。
 それは一体誰が植えた種だったか、思い出そうとして止めた。今はその咲いている花を眺めていたいと思った。

 向けられた一帯には彼らが住んでいる町の名前の入った花が、春の到来を告げるかのように咲いている。
 あの冬を忘れぬように彩る白の花。そして未来への歩みを彩る桃色の花。
 それらの花々を士郎は見下ろしながら、柔らかく微笑む。




 ―――ミヤマヨメナの花を。
















−解説−
ミヤコワスレ[花言葉:別れ、しばしの憩い]
元来の名前はミヤマヨメナ。

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