殺の苦悩



 正暦4年、夏。
「ったく」
 傭兵の報奨金なんて高が知れている。今回も子供でも満足しないような額だった。
 まあ、剣しか知らないような俺は他の職業なんかに就けるわけが無し、なんとか暮らすことができるだけありがたいと思わなければならないのかもしれない。
こんなぼろ小屋でも住めるだけ十分だろう。
「…そろそろ身の振り方を考えねばならんかな…」
 このまま遊撃剣士を気取って生きるのもいいが、いかんせん生活は質素なものになってしまう。
 今の生活に別段不満があるわけではないが、どうせなら楽な生活をしたいものだ。
 それに戦が無くなってしまえば、俺みたいな奴は用済みになってしまう。そうなればこの生活を続けていくのさえ危うくなってくるだろう。
 もっとも今みたいな仕事が俺の性にはぴったりなのだが、生活がかかってきては性だのなんだのと言ってはいられない。
「さて、寝るとするか」




 今日も早くからお仕事だ。
 昨夜、領主の娘が野盗にさらわれてしまったらしい。それを救出するのが今日のお役目だ。
 しかし、野盗には感謝せねばな。領主の娘を助けたとなれば報奨金は大いに弾んでくれるだろう。
 おかげで今日は気分がいい。さっさと役目を終わらせて、報奨金にありつくとしよう。
 山を登る疲れも忘れて、鼻歌混じりに野盗の棲栖を目指した。
「何の用だ?」
 そして早速現れ出でる野盗ども。見たところ五人しかいない。
「領主の娘を返してもらおう」
「断る」
 即答だった。
「ならば力ずくで返してもらう」
 俺が太刀を抜いたとき、野盗どもはまだ武器を構えていなかった。
 まず、手近な者に躍りかかって一刀で斬り捨てた。
 息も吐かず次の相手に斬りかかるが、すでに武器を構えており受け止められる。
その間に横に回った野盗が太刀を振るうが既に予測済み、簡単に交わして見せた。
 体勢を整えるべく、一旦間合いを置いてやっと息を吐いた。その隙を突いて野盗たちは跳びかかって来る。
 しかし、攻撃に囚われ過ぎてあまりに無防備だ。
 俺は太刀を真っ直ぐ前に構えた。一番前を行く野盗がそれに気付いたときには既に遅かった。勢い余ってそのまま太刀に体を貫かせ絶命した。
 素早く太刀を抜き取り死体を蹴飛ばすと、迫り来る野盗三人を一息で斬って捨てる。
「ふぅ…」
 太刀を腰の鉄鞘に収めた。思ったより時間がかかってしまったが、野盗を倒したことに変わりは無い。
 といっても、まだどこかに仲間がいるだろう。そいつらを全て相手にするのは得策ではない。
 ならば、見つからないよう進入し、領主の娘を奪還するまでだ。
 しばらくすれば領主の用意した救助隊や討伐隊が到着するだろう。
 俺はとにかく領主の娘を救えばそれだけで金が貰える。必要以上の仕事をする必要は無い。
 そのとき、背後に気配を感じ慌てて振り返った。
 先程の野盗だ。手には太刀が握られている。が、とてもそれを振るうことはできそうに無い。
「悪いが死んでもらう」
 俺は太刀を抜いたその勢いで首を刎ねた。




 辺りに死体は無い。場所も山ではなく洞窟だった。
 夢か。
「どうなされましたか? 柳也さま?」
「裏葉か…」
 翠髪の美女がこちらを心配そうに見ていた。
「昔の夢を見ていてな。…俺が平気で人を斬っていた頃の夢だ」
 俺は笑って言う。が、裏葉は真剣な眼差しをこっちに送っていた。
「今じゃ、しろと言われてもできそうに無いがな。全部あいつのせいだ」
 裏葉はやっと顔をほころばせる。
「違いましょう?昔の柳也さまとて、人を平気でお斬りになられていたわけではないでしょう? そうでなければ、人を殺める夢など見ようはずがございません」
 なぜ裏葉はこうも人の心を読めるのだろう?
 だが、こいつに読まれても不快感は微塵も無い。
「神奈さまもそれを見越してのご命令だったのではないですか?」
「…かもな」
 俺はよっと一声かけて立ち上がると、洞窟の外へと歩いていった。



『余を主とするかぎり、今後一切の殺生を許さぬ』



 朝の日差しの奥、青く澄んだ空から、そんな懐かしい言葉が聞こえた気がした。




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