僕と留美は商店街までやってくる。
 昼間とあってか、結構賑やかだ。辺りを見回すと同じ高校の生徒や他校生が見られる。
 多分彼らも僕らと同じ目的で来ているのであろう。
 僕たちが住む町は田舎とも都会とも言えない微妙な位にある。
 もしかしたら都会なのかもしれないけど、田舎っぽさも残っているのだ。
 例えば、今通り過ぎた八百屋とか魚屋とか。まるで市場みたいな場所もあるのだ。
 かと思えば向かい側にはスーパーもあるんだからよくわからない。
 そしてもう少し行った先には大手コンビニエンスストアもあるから、さぁ大変。
 よく店が一軒も潰れないものだと毎日来て思う。
 とりあえず目的は腹ごなしだ。
 隣ではもう顔が真っ赤になっている留美がいる。
 傍から見れば何かあったように思われてしまうに違いない。今でも少し視線がきつい。
 腹ごなしと同時に早くこの場から抜け出すことも目的にいれなければ。
 けど早く歩いてしまえば、更に怪しまれるだろうから出来るだけ普通を装っている。
 あれ、なんかおかしい。
「……あっちゃんに聞かれた。あっちゃんに聞かれた」
 まるで念仏のように隣で呟いている留美。
 それだけ僕に腹の虫を聞かれたのが悔しかったのか。
 さっきから留美はこればっかりだ。それが更に視線を集めていると言うのにも気づかずに。
 こんな調子なのでどうやら僕が腹ごしらえの先を決めねばならないようだ。
 僕は特に好き嫌いというものがないので、和洋中どんな料理でも食べられる。
 今日はこの料理を食べたいという気分があれば決まるのだが、今日はそんな気分はない。
 そんな日に限って"あの人"は僕らの前にやってくる。
「ん。篤志くんに留美ちゃんじゃない」
 ―――やっぱり来た。


原作:とむはち   執筆:今井秀平
"delicate blue light -under the blue, blue sky-"
(2)


 俯いていた僕らの前に現れたのは、エプロン姿の女性だった。
 名前は椎辺麻衣。僕らより少しばかり年上の人だ。
 髪を肩で切りそろえ、髪を茶色に染め上げている。
 煙草などが似合いそうだが、彼女は煙草が大の苦手らしい。
 そんな彼女が僕らの前に現れるのは毎回、僕らが少しばかり困っているときだ。
「やはー。どうしたの、二人して。ってもしかして」
 何か意味ありげに怪しい笑いをする。
「言っておきますがデートじゃないですよ、麻衣さん」
「そっか。相変わらず進展ないのか。お姉さん、君達の未来に心配」
 毎回思うが、啓司と一緒だったら絶対気があってるね。この人。
 ふと隣を見ると留美はまだ顔を赤くしてお腹を抑えている。そろそろ限界かな。
 それに気づいたのか、麻衣さんもそちらを向く。
「ん。留美ちゃん……妊娠?」
「ち、違います!」
 ごめん、全然気づいてないかも。
「冗談だって」
 そうやって笑っているけど、明らかに残念そうな顔をしている。
 本当にこの人はこういう話が好きだなぁ。
「さて、食べに来るんでしょ。馬鹿マスター出て行っているからタダで食べさせてあげるから」
 言い忘れていたけど、彼女はとある喫茶店の従業員なのだ。
 名前は長ったらしくて何語かわからないから忘れたけど、とりあえず雰囲気がいいところだ。
 しかし先程言ったように似たような店がたくさん連なる商店街なので、客足は微妙らしい。
 馬鹿マスターとはその名の通り、その喫茶店のマスター。
 確か麻衣さんとそう年齢が変わらない人だと思うんだけど。
 麻衣さんは「馬鹿」って言っているけど、一見すれば仲良さそうに見えるんだけどなぁ。
 喧嘩するほど仲がいいってやつ?
「え、え、え、た、タダでいいんですか!?」
 留美は麻衣さんの冗談のお陰で少しばかり気が楽になったらしい。
 しかしタダなんて……財政難って言葉知らないのかな。
「いいんだって。毎度ご利用ありがとうございますサービスってことで」
 そう言うと、片目を瞑る。
「あぁ、もし悪いなと思うんだったら荷物持ってくれる? はい、重いのが篤志くんですんごい軽いのが留美ちゃんね」
 渡された荷物は本当に重かった。
 まるで鉄球を持たされたように、がくんっと腰が落ちた。
「ま、麻衣さん!? 一体何が入ってるんですか、これ!」
 というか、さっきまで楽々と持っていた貴女は何者ですか。
 これでも腕力などは同年代の人より少し上だ。
 そんな僕がギリギリ持てるくらいの重さを麻衣さんは持っていたことになる。
「ん? えっとお米でしょ、お米でしょ、お米でしょ、お米」
「お米ばっかじゃないですか!」
 僕が叫ぶと、麻衣さんはすっと鋭い目つきになる。
「文句言うならご飯あげないよ。よく言うでしょうが、働くものは食べられる」
 微妙に間違えているよ、この人も。
 もう何キログラム入っているとか絶対訊かないと心に決めた。
「あ、50キロは軽くあるから頑張ってねー」
 ―――逃げたい。


 体をすり減らす気持ちで着いた先は、麻衣さんが半ば経営していると言っても過言ではない喫茶店だった。
 ちなみに何回ここの看板を見ても店の名前が覚えられない。
 それが多分ここの店の欠点だと思う。
 なんとか渡された荷物を引き摺ることなく、店の中に入る。
「はぁ……はぁ……はぁーっ」
 微かに荒れる息を落ち着かせるため、一旦、店の床に置く。
 出会ったところからここまで数メートルなのだが、こんな重い荷物を持たされては数メートルが何倍にも感じられる。
「ご苦労様ー。あとは私がしておくから。君はカウンタに座ってとりあえず水でも飲みなさい」
 そう言うと麻衣さんはひょいっと先程の荷物を持ち上げる。
 もしかして人間ではないんじゃないか。
 ……なーんて。それこそゲームみたいだよ。
 僕はもう呆れる気持ちで、留美の隣の席に座った。
 カウンタに上がるのも疲れるが、最後はやけになっていた。
「大丈夫? あっちゃん」
 心配そうに僕を覗き込んでくる留美。
 今はその優しさが本当に嬉しかった。
「うん。僕は大丈夫だから心配しなくてもいいよ。それより留美はお腹大丈夫?」
「え、あ、うん。ごめんねあっちゃん。何かここに来る途中恥ずかしい思いをさせたみたいで」
 どうやら商店街を歩いていたことを言っているようだ。
「そんな。僕は気にしてないから、留美も気にしないでいいよ」
 僕はそう言って微笑む。
 留美も「うん」と言って微笑み返してくれた。
「はいはい、そこで見合いしない。パッパと作っちゃうから待ってなさいね」
 店の奥で声が聞こえる。って地獄耳なのか、あの人。
 とりあえず言われなくても動けない。大袈裟だが今体を起き上がらせるのも力が要りそうだ。
 ぺたんとカウンタに頬をつける。意外と冷たくて気持ちいい。
「気持ちいいの? あっちゃん」
 少し悦に入っていた僕の顔を見て、留美が僕に聞こえるぐらいの声で呟いた。
 別に小さい声で言わなくてもいいと思うんだけど。
 僕は頷いて肯定の意を表す。
「それじゃあ、私も」
 そう言うと、留美も僕と同じようにする。
 違うのはカウンタに置いている頬で、僕と向き合うように左側の頬を置いている。
 そうやって呆然とその状態でいた僕らだが、ずっと向き合うのも恥ずかしいので僕は目を瞑ることにした。
「それ何、新しい見合いの形式?」
 そんな声がかかるまで僕らはその状態だった。
 ばっと同時に姿勢を正す。目の前には二つお盆を持って妙な顔をしている麻衣さんがいた。
 本当にパッパと作ったのだろう。
 持っているお盆の上を見ると、すぐに出来そうなサンドイッチなどが置かれてあった。
「はいはいおまたせ。ところで篤志くんは早くカウンタ拭いてね。汗ついていると食べるとき不快感があるでしょ」
 そう言って雑巾を渡してくる。
 出来れば手ぬぐいとかがいいと思うのは僕の我侭かなぁ。
 僕が雑巾で拭き終わると、持っていたお盆が置かれる。
「そういえば留美ちゃんと篤志くんは高校三年生だっけ。いやー、早いもんだ。受験かー」
 置き終り、自分もカウンタの椅子に座る。ちなみに留美の左隣だ。
「受験なんて言われたときはあれほど先公を恨んだ気持ちはなかったね。まぁ先公は悪かないんだけどね」
 あ、ごめん食べながら聞いてと言われたので僕らは置かれた昼食に手をつけた。
 留美はタダというところがまだ後を引いているようだが、やはりお腹がすいているので食べ始めている。
「勉強はそんなに嫌いじゃなかったのよ。けど同じ毎日の繰り返しじゃない? だから最後の一年間は味気ないというかなんというか」
 頬に手を置いて、本当に困った口調で言ってくる。
「こう……刺激っての? それを求めたくて大学受けるのやめて誰にも力を借りずに就職活動始めたわけ」
 そこまで言うと、今度はダルそうな顔になる。
「結果。石橋叩いて渡ったら壊れちゃった」
「すいません。最後の最後でわからないんですけど」
「原因は向こう側に悪魔がいたのよ」
「更にわからないんですけど」
 どうして僕の周りはこんな謎の言葉を発する人ばかりなんだろうか。
 留美は除くけどね。
「えっと。つまり就職先が、ってことですか?」
「いえす」
 麻衣さんははぁっと大きく溜息をついた。
 本当に嫌いなんだなぁ。特にマスター?
「ま、最後の一年で缶詰受験のやつはいい学校に行けるけど、いい人生は送れないと思うよ。
 馬鹿やって、色んな人と出会って話し合うことで学んで、悔しさ・楽しさ・悲しみ・愛しさなんかを学ぶもんだよ。
 そりゃ、例外だっている。けど数学とか国語とか理科とか社会とか学ぶよりは大事だと思うな。断然。
 だって考えてもみなさい。シグマ? コサイン? 等差数列? どこで使うのよ、そんなの。
 古文? 漢文? そんなの考古学者になりたいやつだけ学べばいいのよ。
 ほら、考えてみれば学校の授業なんてくだらないもんばっかでしょ?
 人生で大事なもんは全て社会にある。少年よ、大志を抱け。ケセラセラ。
 大学だってそうだよ。あんなもん就職で使われるけど微々たるもんだよ。他に使うと言えば合コンぐらいでしょ。
 そんなもんのために時間つぶすぐらいなら私は自分の道を歩みたい。それが間違いだとしても。
 レールから脱線したら気づいて直せばいい。レール間違えて落ちるならもうとことん落ちてやる」
 一息ついてから、麻衣さんは僕らのほうに優しく微笑んだ。
「だから君達も最後の一年くらいは刺激を味わってみなさい。心からも体からも」
 まぁもしかしたら、保健体育は必要かもしれないけどと最後に言わなければ格好いい言葉を残して麻衣さんは水を飲む。
 けど、これでわかった。麻衣さんはやはりこの店が好きなんだということに。
 それを言うと、怒るだろうから言わないけど。
 だから僕は微笑んだ。留美と顔を見合わせて。
 こういうとき、気の合う幼馴染というのは気持ちいいものだ。
 お互い理解しあって、こうやって笑えるのだから。
 そして僕はサーモンとシーチキンと油揚げが挟んであるサンドイッチを一口口に含んだ。
 味は―――お試しあれ。


 僕らは作ってもらったサンドイッチを全て食すと、軽く麻衣さんと喋って喫茶店を出た。
 やはり名前を覚えられない店だけど、これからも利用しようと思った。
 それからの留美の行動は早かった。
 もともと目的は夕飯の買い物なのだ。早めに仕事を済ませたい留美は僕を引っ張って来た道を戻った。
「あっちゃんは何食べたい?」
「別になんでもいいよ。それにさっき食べたばかりで何も考えられないんだ」
「あはは。私も」
 そう答えると、留美は額に指を当てて色々考えている。
 僕もある程度料理は出来るのだが、彼女はなにかと世話好きなので断るわけにもいかない。
 まるでインターネットの検索エンジンのように頭をフル回転させた後、留美の検索はとある項目に引っかかったらしい。
 そうなると行動は更に早くなる。
 僕にある程度の食材を頼むと、留美はさっさと行ってしまう。
 毎回呆れるけど、彼女の真剣さがわかる一時だ。
 数分後レジの前で留美に頼まれた食材をカゴに入れて待つ。これまた日常。
 留美もそれに遅れてカートにカゴを一つ載せて帰ってくる。中身はそれなりにある。
 ちなみにうちの財布は留美にきつく縛られている。つまり会計は留美だ。
 ここまでくると、なんか自分の存在意義がなくなりそうな感覚に陥る。
 買い物を済ますとあとは家まで一直線だ。
 麻衣さんの荷物より断然軽い袋を持ちながら、僕らは家路につく。
 空を見上げるとまだ南中から少し傾いたくらいだ。夕方まで時間があるだろう。
 家に辿り着くと、そこで僕らは一旦お別れだ。
 留美にも留美の事情があるし、僕にも僕の時間というものを作るために。
「それじゃ、あっちゃん。夕方ぐらいにもう一回来るから」
 そう言うと留美は玄関の扉を閉めようとする。
 律儀にも買ってきた材料を冷蔵庫に詰めてからだ。
 手を振り返すと、留美も笑って手を振り返してからぱたんっと扉が閉められた。
「さて……」
 どうするか。
 寝てもいいんだけど、それだと留美のご飯を寝ぼけ眼で食べることになりそうだ。
 啓司に借りたゲームもやらないといけないけど。今はそんな気分じゃない。
「あ、買いたい小説があるんだった。商店街行ったついでに本屋に行っておけばよかった」
 別に今買わなければいけないというものではないけど、暇つぶしに買いにいくのもいいだろう。
「うん。運動にもなるだろうし散歩しながら買いに行ってみようかな」
 決まれば即実行。部屋に戻って制服から普段着に着替える。
 特に変わることはないのに、鏡を見てちゃんと着こなせているかチェックしてみる。
 そして制服のポケットから財布を抜き取ると、出かけるときぐらいしか使わないリュックサックに入れる。
 まぁスリ対策ってことで。意識はしてないけど習慣。
 持ち物はそれぐらいだろう。天気予報では降水確率0パーセントだから傘も持っていく必要ないし。
 とりあえず携帯電話ぐらいは所持しておくけどね。
 リュックを片方の肩だけに提げると、下駄箱からブーツを取り出す。
 似合わない似合わないと言われるけど、そんなこと知ったこっちゃない。好きだから履いているんだ。
 とんとんっと爪先を叩くと、僕は改めて商店街へ足を運んだ。
 数分後、僕は先程通った道と違う道を通っている。
 僕の家からは数通りと商店街へ行く道があるので、僕は行くついでに色々景色なんかを見て行ったりする。
 つまり散歩みたいなもんだ。
 ルートによれば、木がたくさんあるところだったり、川があるところだったり、建築中の建造物を見ることが出来るところであったりと様々だ。
 今日はその中から川のあるルートを選んだ。
 水不足の影響が近年あるようだが、僕らの町は一向にその兆しが見えない。
 僕が生まれてからこの川は不変を続けている。少々石が動いたり草が伸びたりしているので不変とは言えないか。
 それでも綺麗な水のままだ。川の下流に位置するところであるのに、不思議なくらいだ。
 まぁそれが僕がこの町を好きな理由なのかもしれないけど。
 僕はいつも通り、その川を眺める。
 そのずっと綺麗であり続ける水に僕は憧れを抱いていた。もし水に生まれ変われるならなりたいとも思った。
 流れ流れて何処かへ行きたいとも思った。今考えれば麻衣さんが言う刺激を求めているのかもしれない。
「刺激―――か」
 ふっと一度目を閉じてみる。
 水という言葉が出てきて、自然と今日見た夢のことを思い出された。
 考えてみれば水の憧れが夢に出てきたのかもしれない。
 もしかしてあれは僕の成れの果てなのか、なんて考えてみたりもした。
「そんな馬鹿な」
 笑ってから思い出す。
 夢に出てきた女性。青い髪と橙色の瞳。
 そして―――。

 ぴしゃっ。ぴしゃっ。

「え……」
 耳に水がはねた音が聞こえた。
 最初は魚か何かと思ったけど、跳ねる魚はここら辺にはいない記憶がある。
 となると何だ。
 僕はふと、水がはねたと思われる場所を見る。

 ―――そこには夢の人がいた。

 場所は本当にすぐそこだった。
 腰まで伸びる青き髪。水にその青さが映りこんでいる。
 肩を露出させている白いワンピースを着ていて、彼女は濡れるその服を見ていた。
 見た目は寒々しく見えるけど、彼女には似合いすぎて気にならない。
 肌は白い。白すぎるということはない。日本人で言えば白い部類に入るくらいだ。
 どうやら水の音は彼女が歩いた音らしい。
 川の水には彼女が歩いた後と思われる波紋が続いている。
 素直に綺麗だと思った。
 心にスッと入ってくるイメージ。目に入ると決して離れることの出来ない彼女の姿。
 一目惚れとは違う。新鮮な気持ち。
 このとき、僕は感じた。"刺激"を。
 彼女は僕の気配を感じ取ったのか、ゆっくりと僕の方を見上げてくる。
 その瞳は―――橙色。
 夢に見た橙色。それは僕の姿を映していく。
 なんて引き込まれる色だと思う。まるで魔法にでもかかったように体が動かない。
 そんなことも気にせず、彼女は僕に満面の笑みを向けてくれた。

「こんにちは」

 綺麗な、声だった。
 僕は魔法が解かれるのを感じて、慌てて頭を下げる。
 ってなんで頭を下げるんだ、僕。
 案の定、彼女は笑った。
 かなり。
「そんなに礼儀正しくしなくてもいいんだって。面白いなーっ」
 綺麗な声もここまでくると可哀想な気がしてきた。
 というか今までのイメージ崩壊。
「って、君は何をしているんだ! 川なんか入って、春だからとはいえ風邪ひいちゃうよ!?」
 そう言うと彼女は「んりゅ?」なんて奇妙な声を上げて、水面を見た。
「あ、気にしなくていいよー。これでも健康優良児なんだから!」
 えへんっとばかりに腰に手を当てて、胸を張る彼女。
 何か似たような人がいるのを感じて少し頭が痛くなった。
 なんでハイテンション系キャラが多いんだ……。
 僕が頭が痛くなっているのにも気づかず、もう既に夢の姿は彼方に消えた彼女はじっと僕を見ている。
 そして相変わらず綺麗な声で声を発した。
「あ、自己紹介がまだだったねー。わたしの名前はエクアドル=ストレンド。なんとっ」
 そう言うと、人差し指で天を貫く。
「セイレーンなのでーすっ!」
 ――――――。
「はぁ」
「驚いちゃわないのー!?」
 むしろセイレーンってなんですか、って状態です。
 しかし今日はなんだか周りに人がいない日だ。今も周りに人がいないし。
 運命じみた感じがするけど、こんな運命ちょっと嫌だ。
「セイレーンなんだよー、セイレーンなんだよー。ほら、知らない?」
「残念だけど」
 そう言うと、セイレーンを名乗る少女は少し困った顔になる。
「むむっ。人間界には伝わってないのかなー。沈没船から見る文献にはセイレーンについて書いてあるんだけなー」
 よくわからない。
 しかし人間界とか言っているけど、なんなんだこの人。それに沈没船って。
 ぴちゃぴちゃと音を立てながら川をぐるぐる回っている彼女。
 ポーズもまるで探偵ドラマでも見ているかのように顎に手を当てている。
 ここまで来ると本屋に行きたいなんてことは既に忘れていた。
 少し歩いた後、何かを思いついたのか彼女はすくっと顔を上げる。
「うん、それがいいかなー。では、わたしが君に人間界では初めてのセイレーンである証拠を見せてあげましょーっ!!」
 僕が声をかける前に彼女は体を屈める。
 手を水面につけて、顔は水面に向けている。
 片膝をついているため、自然にワンピースは濡れてくる。浸けられたワンピースは水に浮かぶ。
 それは花のようにも見え、また波のようにも思えた。
 彼女は大きく息を吸うと、なにやら言い始めた。
「我が名はエクアドル=ストレンド。水の精霊よ、我に本来の脚を与えよ」
 手をつけた水面からゆっくり波紋が広がっていく。それは微かだが震えている。
「種族はセイレーンなり。我が声を証とし、認識せよ」
 その声に同調するように、水が、重力に逆らって上に上がってくる。
 しかしやはり地球には重力がある。頂点まで上り詰めた水はまるでシャワーのようにまた川へと戻っていく。
 だがそれは彼女の姿を隠すのに十分な高さだった。
 水の壁によりセイレーンを名乗る少女は姿を消した。
 その壁の中では綺麗な声が何かを歌っていた。よく聞き取ることが出来ないが、僕の知らない言語みたいだ。
 それが数十秒流れ続ける。それは風が運ぶメロディのようで心地よい。
 先程までのイメージ崩壊が徐々に修復されていく。
 決してあの明るさなので完全ではないのだけど、あの綺麗な声は認めたくなった。
「そして―――解放」
 その声が聞こえた瞬間、水の壁は瞬時に重力により川へ戻った。
 水飛沫が僕に当たる。
 やはり春とはいえ、水の冷たさは身にしみる。
「これで、わかってくれたかなー」

 彼女は何を言ったのか。
 聞こえているはずなのに、聞こえてこない。
 予想はしていた。
 だが予想してはいけないと思った。
 そうだ。僕は夢で見たじゃないか。
 青い髪と、橙色の髪と。


 ―――その魚のような尾びれを。









はい、というわけで。でりぶる(略しました)第2話を公開しました。
セイレーンを知っている人にとれば最後の展開なんて読めるでしょうが、まぁあっちゃん視点なので気にせず。
あっちゃんは本当にセイレーンがなんたるかを知りません。もちろん私も微妙にしか知りません。
つまりこの物語はあっちゃんと一緒にセイレーンがなんたるかを研究しようという小説。
ではありませんよー(ぉ
そんなわけでうちのセイレーン解釈は一般とは違う風になっているのでセイレーンを知りたい方は文献で調べてみてください。
それで。今回登場した椎辺麻衣。もし違和感を感じる人がいたら貴方はかなりの「さまうぃ」通です。
褒め称えてあげます。いや、本当に。
まぁ性格は違いますがね。名前だけ一緒ということで。
"彼女"は出るか不明です。出したいけどキャラ処理が難しそうなんで。
次回はこのセイレーン娘についてあっちゃんが問い詰める場面の予定。
そして修羅場。


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