僕と彼女の話の始まり
その時、僕は彼女の事を何も知らなかった

delicate blue light
            Produce by Star Tale(tomuhachi)
            Written by Takumi Aoki


2/出会い


 蒼い髪…砂浜に押し寄せてくる波のように緩やかなウェーブがかかっている。
 綺麗な歌声…全く知らない歌だけど、心が穏やかになる海のような旋律。
 橙の瞳…春の陽の光のような暖かな色。
 僕は…彼女を知っている…


 折角の日曜日は雨だった。
 今日は留美の服の買い物に付き合う予定だったが、この天気のせいで延期となった。
 留美がかなり悔しがっていた、僕には良く分からないけど。
 予定が無くなって暇になった。
 ごろごろベットで転がってみたり、何度も読んだ漫画や本を読んでみたりした…が、飽きた。 「…出掛けよう」
 そうと決めたらその後の行動は早かった。


 靴を履いている途中、後ろから声を掛けられた。
「篤志、どこかへ出掛けるのか?」
 …そうだ、今日は珍しく父さんが帰ってきているんだ。
 研究が一区切りついたから帰るって昨日電話があったのを僕は今思い出した。
 僕の両親は揃って学者だ。
 父親の秋市、母親の亜衣はともに薬学を同じ大学で専攻し、知り合い学生結婚。
 僕は卒業と同じ年に生まれた。
 今も思う、僕は二人の子どもではない、と。
 両親と違って僕は数学と化学が駄目で、代わりに両親の嫌いな古文が得意だ。
 まぁ、父さんは『勉強はするもんじゃんじゃない、暗記するもんだ!!』と言うが、そんなの出来れば苦労しないと思う。
 変わった両親だが、薬学の知識は豊富だ。
 両親ともに近所にある国立大学の研究室に一緒に席を入れている。僕の第一志望の大学でもあり、両親が行っていた大学でもある。
 それと、父さんは趣味で色々な事について調べている。今回も大枚をはたいて調べ回ったらしい。
 最近の父さんが調べている研究内容は『幻獣種』。
 何でもヨーロッパとかでは昔人語の喋れる獣や妖怪がいたらしい…本当かどうか怪しいけど。
 完全なる趣味でやっているが、たまに本を出版してそこそこ売り上げている。
 …たぶん、父さんはこっちの仕事のほうが世間では有名だと思う。
 待ち行く人に聞いたら10人中9人は作家としての父さんを知っていると言うだろう。
 ちなみに母さんは製薬会社で新薬の実験をしてるので帰ってこれないらしい。
 まぁ、いつもの事なので仕方ないと諦める。
 両親が家に居る事は滅多にない、せいぜい大晦日と正月…それくらいのものだ。
 酷い時には一年間全く帰ってこなかった事もあった。
 子どもの時は、親子参観や運動会のプリントをこっそりばれない様に破り捨てていた事もあった。
 子供心に親に負担をかけたくないと思っていたんだろう。
 まぁ、小さい頃は結構悲しかったけど今じゃもう慣れた。
 たまに会う父さんも母さんも"親"というよりどちらかというと"大人の友達"のような感覚で話したりしている。
「うん、暇だから適当にブラブラしようと思って」
「…雨なのにか?」
「う…いいじゃないか、雨の日に出歩く人がいたって」
「…まぁ、いいか。風邪引くなよ」
 そう言って父さんはリビングへ入っていった。
 リビングの扉が閉まる音を聞いて、僕も玄関の扉を閉めた。


 駅前を歩く人は雨にもかかわらず多い。きっと暇な人が多いんだ、と思ってみる。
 まぁ、僕もその一員なんだけど。
 僕は大通りから一本入った通りにあるいきつけの喫茶店の扉を開ける。
「おぅ、いらっしゃい。今日は珍しく一人?」
 この喫茶店の店長『高木 智榎』、愛称は"智さん"。一人で喫茶店『白夜』を切り盛りしている。
 かなり大雑把な性格をしている。よくこんな性格で喫茶店を切り盛りしているなと思う。
 年齢は…知らない。一回聞いたら包丁が飛んできた。眼が怖かったと覚えている。
 それ以来、智さんに"年齢"を聞くことは禁句となっている。
「僕だって一人の時もありますよ」
「留美とケンカしたのか? それとも…私に愛の告白をしに来たのか?」
「と、智さんっ!!」
 顔を真っ赤にしている僕の反応が余程楽しかったのか、智さんは腹を抱えて笑っている。
 智さんはいつも僕をオモチャにしてからかって楽しんでいる。これさえなければいい人なのに…
「はっはっはっ…毎回本当に楽しい反応するねぇ篤志…お姉さん、あんたのそんな所、大好きだぞ」
「と、智さん…からかわないで下さいよ〜ぉ」
 本当に泣きそう…何でからかわれると判っていてココに来たんだ、僕?
「ごめんごめん。はい、いつもの」
 智さんの淹れたコーヒーを飲み、少し話をして、僕は『白夜』を出た。
 さて…どこへ行こう? あんまり考えなしに家を出たからなぁ…
 とりあえず駅前にある本屋へ行こう、あそこなら暇つぶしできる。
 そう思い本屋へ行こうとした時に智さんが店から出てきて僕に声をかけた。
「篤志、すっかり忘れていたけど姉貴から伝言あったわよ」
 すっかり忘れていたわ、いや〜年をとった、と智さんは呟いた。
 智さんには3つ上のお姉さん、綾美さんがいる。
 智さんも(かなり失礼だが)変わったな人だが、綾美さんはそれに輪をかけて変わっている。
 放浪癖で一箇所に留まる事がほとんどない。風のようにその場から去ってしまう。
 今は帰って来て、智さんの手伝いをしているらしい。全然顔を見ないけど。
「姉貴の占いによると『篤志は近日中に女難と災難に悩む』だって。篤志…私はあんたを女泣かせに育てた覚えはないよ」
 僕も智さんに育てられた覚えはありません、と言いたいところをグッと我慢する。
 そんな事言ったら何されるか判ったもんじゃない。僕は今までの経験からそう答えを導き出した。
「じゃぁ、また来ます。ごちそうさまでした」
「はい、ありがとうございました。まぁ、姉貴の占いは100%当たるってものでもないから気にしないことね」
 そう言って智さんは笑顔で手を振り、僕を見送った。


 駅から家に帰る途中の大通りの交差点(ここの信号はやたら長いことで有名だ)に差し掛かった時…
「…ぁ…」
 交差点の反対側に襤褸の布切れを頭から被った人がいた。
 見た感じ、線が細い…たぶん女性だと思う。
 すごく怪しい雰囲気なのに、誰も彼女の方を見ようとしない…否、気づいていない。
 僕だけが"視えている"彼女と視線があって…彼女の顔に驚愕が走る。
「…何で……を謡っ…私…見え…いるの……まさか…」
 遠くにいるので何て言ったのかはっきりと聞こえなかったけど、どうやら僕が"視えている"ことが驚きらしい。
 彼女は急に踵を返して走り出した。
 僕は何だか追いかけなくてはいけないような気がして、彼女が走り去った方…海の方へ全力疾走した。
 走っては辺りを見渡し、彼女を見つけ、彼女が逃げて、僕が追いかける…もう何回繰り返しただろう。
 数えるのが面倒くさくなってきた時…ついに終わりが来た。
「っ!!」
 浜辺まで来た時…彼女が力尽きて倒れたのだ。
 その拍子に被っていた襤褸の布が脱げて素顔が見える。
「…………」
 淡い青色をした髪は、緩やかにウェーブがかかっていて腰の辺りまである。
 肌も白い。でも、病的な白さじゃない。
 そして何より、太陽のような色と力強さで見るものを惹きつける透き通った橙色の瞳。
 僕は彼女の容姿に暫く見惚れていた…
 我に返って彼女を見ると、彼女は逃げるのを諦めたのか、仰向けになって寝転がる。
 そして、調子外れの鼻歌を歌い始めた。
「〜♪〜♪」
 どうやら歌っているのは聞いたことも無い曲だ。音程が合っているのかどうか、さっぱり判らないけど彼女は気持ちよさそうに歌う。
 しばらく鼻歌を聞いていたが…唐突に彼女が鼻歌をやめ、立ち上がり僕に近づいてきた。
「…?」
 彼女は僕の全身をくまなく見て、一人でうんうんと頷いた。
 そして、彼女と僕の顔が急接近して、満面の笑みを浮かべて彼女は言った。




「うん、あなたに決めたっ。わたしと"ケッコン"しましょっ♪」




 …僕の聞き間違いか、と思い彼女に尋ねてみる。
「ねぇ…"ケッコン"って夫婦になるって意味の"結婚"だよね?」
「うんっ♪」
 その無邪気な笑みとは裏腹な衝撃の言葉に…僕の世界が、凍りついた…
 何が何だかさっぱり判らない。彼女は何を考えているんだ?
 その前に僕たちお互い知り合ったばかりでよく知らないからお友達から…ってそうじゃない。
 自分で何を言っているのか判らないくらい混乱している。
 そんな事は露知らず、彼女は話を続ける。
「今日占いしてもらったの、そうしたら大吉だったのよ♪ 『今日、運命の出会いをする。女顔又は童顔の人が運命の人』だって♪」
 僕の目の前で彼女はそう言った。
 確かに僕は年よりも幼く見られる。身長もそこそこの高さしかないので、たまに私服で歩いていると中学生と間違われる。
 ひどい時には女性に間違えれて、男からナンパされたこともある、一度や二度じゃなく何回か。
 あぁ、何か嫌な事を思い出した。
「さ、わたしと結婚しよっ」
 彼女は僕の腕に抱きついた。あ、何か肘の所にやわらかい感触が…
 僕は顔を真っ赤にして慌てて彼女を腕から振り解いた。
 きゃぅ、と可愛い悲鳴を上げて彼女は腕から離れる。そして、頬を膨らませながら僕とは別の意味で顔を真っ赤にした。
「うぅ〜、家庭内暴力だ〜英語で言うとせくしゃるはらすめんとだ〜」
「英語で家庭内暴力はドメスティック・バイオレンスです」
「う…」
 冷静なつっこみに彼女は黙ってしまう。僕は大きなため息を一つ吐いて、空を見上げる。


 綾美さん…あなたの占い、本当に当たってしまいましたよ。








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